“笑いが地球を救う!?”~ケンブリッジ大学生が落語に挑戦してみたら…【ロンドン子連れ支局長つれづれ日記】
「もしトラ(もしもトランプ氏がアメリカ大統領に返り咲いたら)」の議論が活発化するかたわら、ウクライナ侵攻は3年目に入り、パレスチナ自治区ガザ地区では住民がイスラエルの激しい攻撃にさらされています。2つの“戦争”に、朝鮮半島情勢や中国と台湾の緊張関係など、いまや世界を語る時のキーワードは「分断」になってしまっています。世界がこの「分断」を乗り越えるために必要なものとは…? ケンブリッジ大学の授業に、そのヒントを見つけました。
■「日本はどっち?」…ママ友の質問に驚き
「ちょっと実家に帰る用ができたの。子どもを預かってもらえない?」ママ友、アニアからメールが入った。ポーランド人のアニアとは、彼女の息子ジョッシュがうちの息子と仲がいいことから、以前からメールでやりとりはしていたが、頼まれごとをするのは初めてだ。彼女は会計士で同じワーキングマザー。旦那さんはイギリス人で出張が多いようだが、こちらの仕事内容を知っているだけに、お互いに子どもの預け合いはしない…という、半ば不文律のようなものがあった。今回、頼んできたのはよほどのことがあってのことに違いない。週末1泊だけ…の約束で引き受けた。
保護者会のついでにアニアの家を訪れた日のことである。お手製の真っ黒なチョコレートをこれでもかとたっぷり載せた、その名も「デビルズケーキ」をごちそうになっていた時のことである。アニアが突然、真面目な顔つきで、こう言った。「1つだけ、確認しておきたいことがあるの。いい?」 普段、猛烈なマシンガントークで人を笑わせるのが大好きなアニアの深刻な声色に、ケーキが喉に詰まる。「あ、うん。もちろんいいけど…何?」「あのね、日本は今回の戦争、ウクライナとロシア、どちらを応援しているの?」 「え…」と思わず日本語でつぶやいてしまう。私の表情に、アニアがあわてて付け足す。「ウチってほら、学校から5分じゃない? 中国人のクラスメートもよく遊びに来るのよ。彼らから“中国はロシア側”って聞いて…中国のお隣さんである日本も、やっぱりロシア寄りの立場なのかなって…」 二重に驚いてしまう。まず、「G7の一角をなす日本のスタンスが理解されていなかったこと」への驚き。もちろん、国際情勢を日々つぶさにウオッチしているわけではないだろうが、アニアはよくニュースも話題にするので、決して世事に関心が薄い人というわけではない。次に、「子どもを預ける前に確認しておきたいこと」がウクライナ戦争へのスタンスであることへの驚き…。 日本の立場を説明すると、アニアは「安心した、ありがとう。なんといっても“お隣さん”のことだから」とほっとした様子を見せた。ポーランドは、隣国としてウクライナ支援の先頭に立つ国の1つだ。国内にはウクライナからの避難民およそ140万人が暮らしている。アニアにとっても、決して「他人事」ではないのだろう。 ◇ 帰り道、息子に「ジョッシュのママが日本の立場を知らなかったこと、ちょっとビックリした」と話すと、彼はスマホゲームをやりながら、涼しい顔でこう言った。「じゃあさ、ママは『エストニアとラトビアとリトアニアの違い』って言える?」言葉に詰まる…バルト三国の違い…えーと、「いずれもロシア帝国に支配を受けた歴史がある」とか…「リトアニアには『日本のシンドラー』と言われる杉原千畝がいた」とか…でも「違い」と言われると、うーん…。 悩んでいると、息子は「ほら、言えないじゃん」と鼻で笑うように言った。「そういうの知らないくせに、日本がウクライナを応援してるかをこっちの人が知らないのをどうこう言うのっておかしいと思う。はっきり言ってselfish(自分勝手)だよ。self centered(自己中心的)っていうか…」(息子は最近、会話にしばしば英単語を挟むようになった) うう…言葉に窮し、何も言えなくなる。確かに、われわれ日本人の他民族への理解――言ってみれば「世界」への理解はレベルが低いのかもしれない。暮らしている環境にあまり多様性がないためか、ニュースも日本のことが中心で、知ろうとしないから無知になり、発想が貧しくなる…その悪循環…。われわれメディアが果たしている役割も大きい。私自身、他の民族の言語、宗教、歴史、芸術や文化、そういうものに対して敏感になったのはこちらに来てからだ。それまでは自分の暮らしに直結することにばかり目が向いていた。 ◇ 次の週末、ジョッシュが我が家にやってくると、手巻き寿司にラーメン、お好み焼き…と、これでもかと日本の手料理を振る舞った。息子も、納豆巻きを薦めてみたり(これは「しょうゆをどっぷりつければおいしい」という感想だった)、日本の漫画を英訳したものを一緒に読んだり、2人で「となりのトトロ」柄のTシャツをおそろいで買ったりと、日本のPRに余念がない。 私が「なんだ。祖国愛、旺盛じゃん」とからかうと、「うん、なんか、こっちに来てからそうなった」と息子。その感覚は、とてもわかる。ふるさとを外から見てみると、良い面も悪い面も両方、見える。見えながらも、悪い面も含めて、なぜか愛おしく感じてしまい、誰もが小さな“日本PR大使”に就任する。ジョッシュに手巻き寿司の巻き方を教える息子の様子を目を細めて見ていた私に、夜、冷や水を浴びせかけるような出来事が起きた。