主将倒れ涙…元Jリーガー導いた名門校の「復活」 凋落から15年、やっと掴んだ選手権
かつての高校サッカー界を席巻した「カナリア軍団」帝京高が選手権出場
帝京が冬の高校サッカーに帰ってくる。全国高校選手権の東京大会決勝が16日、東京・駒沢競技場で行われ、Aブロックで帝京が国学院久我山に2-1(前半1-1)と逆転勝ち。70~80年代に高校サッカー界を席巻した「カナリア軍団」が、15大会ぶりに35回目の全国大会出場を決めた。 【写真】「かわいすぎる」と話題 天才17歳と顔を寄せ合いラブラブの美人彼女 ようやく掴んだ選手権切符。終了のホイッスルとともに帝京主将の砂押大翔(はると、3年)はピッチに倒れこみ、涙を流した。「15年ぶりに出場権が獲得できて嬉しい」。復活までの長い道のりを表すにように、この日も苦しい試合だった。 国学院久我山は昨年、一昨年と準決勝で敗れている相手。一昨年は2-3の逆転負け、昨年はPK戦の末に選手権への道を閉ざされた。「悔しい思いをしてきたけれど、今日は相手が久我山だということを意識しないようにした」。砂押はそう言って試合を振り返った。 前半18分に先制を許し、同34分にFW森田晃(3年)が同点ゴールを決めて1-1で前半を終えた。ピンチをしのぎながらも終了間際の後半39分に得たPKを土屋裕豊(3年)が決めて勝ち越し。その後も猛攻に耐えての勝利。就任1年目の藤倉寛監督は「今年1番の試合でした」と選手を称えた。 かつて、国立競技場で躍動するカナリア色のユニホームは「冬の風物詩」でもあった。74年度に選手権初優勝、開催地が首都圏に移行した2年目の77年度に2度目の大会制覇を果たすと、その後も常に上位に食い込み高校サッカー人気を牽引した。選手権優勝6回は国見(長崎)と並ぶ戦後最多タイ。もっとも、その栄華は長くは続かなかった。 Jリーグ開幕を控えた91年度、四日市中央工との両校優勝(当時はPK戦決着なし)を最後に、頂点から遠ざかった。東福岡に雪の決勝戦で敗れた98年度以降はベスト4にも残れなかった。それどころか、09年度を最後に選手権の舞台を踏むことさえなかった。 復活を託されて15年には元Jリーガーの日比威氏が監督に就任。現役引退後にマネジメント会社に務め、裏方としてトップ選手の海外移籍やJクラブの遠征などに携わってきた異色の監督が、チームを変えた。 もともと、帝京サッカーの強みは「堅守からの速い攻め」だった。全国から集まったタレントを猛練習で鍛え上げ、強靭なフィジカルとメンタルで相手を圧倒する。昭和の時代は主流だった「蹴って走る」サッカー。日比監督が最初に取り組んだのは「脱帝京サッカー」だった。 「パスをつなぐサッカー」を掲げてスタイルを一新。それまでの朝練を廃止し、長かった練習時間も90~120分に抑えた。選手の自主性を重視し、練習準備や部活掃除など雑用は1年生ではなく2年生に任せた。そして何よりもサッカーを「楽しむ」ことを大事にした。