福原冠、ニューヨークの稽古場を巡る Vol.4
範宙遊泳やさんぴんのメンバーとして活動する俳優の福原冠が、2024年11月からニューヨークに滞在。目的は、“稽古場のリサーチ”のため。表現を通じてさまざまな人と出会ってきた福原は、稽古場の新しい形を模索中だという。本連載ではそんな福原がニューヨークの稽古場で見て、聞いて、体験したことをつづる。2カ月にわたる滞在記は、今回が最終回となる。 【画像】ドーナツも沢山食べました。(他6件) ■ 「12月24日のト書き」 男は喫茶店にいる。カナルストリートの駅を出てすぐのところにある静かな喫茶店だ。男は昼からチャイナタウンにある名画座で「エドワード・シザーハンズ」を見て抜け殻になり、ふらふらと街を彷徨い、この店に辿り着いた。音量の絞られたBGMと冷蔵庫の唸るような音を聞きつつ書いては消し、消しては書き。比較的静かなクリスマスイブだ。今は2024年12月24日の午後4時を過ぎたところ。7時から始まるクリスマスパーティーまでに最後のエッセイを書き上げようとしている。 彼は日本からニューヨークにしばらくの間滞在している。滞在が最終週を迎え、男はこのところ少し焦っている。今日含めて残り3日をどう過ごすか。その使い方を考える度に胸が苦しくなっている。何かを選択するということは何かを諦めるということかもしれないからだ。 男は手帳を広げ、これまでの日々を振り返る。こっちに来る前、そしてこっちに来てからもしばらくはとても不安だったことを思い出す。今考えれば嘘のようだけど、スタジオの情報などが上手く入手できず、何もできずに終わってしまうんじゃないかと思っていた。コラボレイターの三橋俊平と渡航前に話した結論は「行ってみないと分からない」だった。そこで自分を鼓舞するためなのか、いくつかのメッセージがノートには書いてある。ʼStay active, talk to peopleʼ 「自分の専門の分野を深め、興味がある他のものにも触れる」「Donʼ have to be nervous, donʼt have to be pretentious. Think how it gonna be interesting, then just execute it (緊張する必要も、気張ってやる必要もなし。どうしたら面白くなるかを考え、それを淡々と実行すべし)」。 ■ 2カ月の滞在を振り返る 滞在中ひたすらに自己紹介をして、彼は沢山の人に場所や人を紹介してもらった。もらった誘いには可能な限り参加した。最も多くの時間を割いたのはワークショップやレッスンに参加することだ。その上でインタビューをしたり、参加者やファシリテイターに話を聞くということをしていった。参加したクラスは実に70コマ。演劇(演技、身体、即興)、ダンス(ストリー ト、コンテンポラリー、モダン、ボディワーク)、ヨガ、歌など様々なものに出会っていった。渡航前に受けると決まっていたのが2個か3個だったことを考えると驚くべき数字だ。具体的に何かが伸びた、分かりやすく何かが変わったかどうかは分からない、多少の度胸はついたかなという実感と、彼はいま体がとても柔らかくなっている。 観劇やライブ、ナイトクラブ、ギャラリーや映画館にも沢山足を運んだ。クラスの合間を縫ってチェルシーのギャラリーに行ったり、気に入った美術館にもう一度行ったり。Touché AmoréやDelta Sleep、Origami Angel、Macsealなどの現行のハードコアやエモのバンドのライブに行けたのもベストモーメントの一つ。パーティーもバンドのショウもローカルなシーンが見たかった。土地の匂いを含めたライブパフォーマンス。彼はいつもバンドのパフォーマンスにもだけどお客さんに感動する。一人の歌が一人一人の歌になる瞬間を目の当たりにするとこういう音楽が好きでよかったなと思う。日本バンドtoeのTシャツを着ていったら、反応してくれる人がいたのも嬉しかった。素晴らしい時間の半分はお客さんが作っているんじゃないか、それぐらいお客さんの力強いエネルギーにとても興奮した。 ある時から、映画館に行く回数が増えていることに気づく。観劇するより安いというのと、映画館の空間がスリリングに思えたからだ。12月9日のメモにはこう書いてある。「レイトショーでgood will hunting、ゲラゲラ笑いぐしゃぐしゃ泣いた。Woody(一緒に行った友人)は暗転してすぐさま拍手をした。つられて皆が歓声と拍手」。かつて見た映画をこっちのお客さんと一緒に見直す体験が好きだ。お客さんはケイシーアフレックが喋るたびに、ロビンウィリアムズが喋るたびに爆笑する。グッドウィルハンティングには(笑えると言う意味で)とても面白いやりとりがあり、だからこそそこに流れる人生の選択、友情、愛情、後悔などのテーマがくっきりと見えてくるという構造になっていた。部屋で一人で見ていては気づかなかったことをこっちのお客さんは気づかせてくれる。海外に行くたびに映画館に行くけれど、今回の体験が間違いなくベスト。こんなにも皆で見ることが楽しいと思ったことはなかった。ベンアフレックが持っているコーヒーがダンキン・ドーナツだということに気付いたり、学校や学生が集まるダイナーの空気感、工事現場や彼らのネイバーフッドの匂いも滞在しているブラウンズヴィルやブロンクスの空気を知っていると共感を持って見ることができた。この作品をすぐ隣で起きているかもしれない物語として見ることができた。そのことがとても嬉しかった。 映画の中の彼らは、とてもリアルに日常を生きていた。すぐ隣にあるかもしれない虚構の世界を。彼らはその空気を、その匂いを、その痛みとやるせなさを知っている。知らなくとも生々しく想像することはできた。知っているということ、くっきりと想像できるということは俳優に限らずとても大切なことかもしれない。朝からクラスを受け、夜は観劇、その後に飲みに行くかパーティーにいく。家に戻って俊平さんと話し、また朝からクラス。愛おしい日々のなかに詰まった様々な経験が、今後のパフォーマンスの引き出しになりますように。明日はどんな出会いが待っているかに期待しながら残り三日を、そして日本に戻ってからの日々を過ごそうと思い直して、男は最後のエッセイにとりかかる。 ■ 偶然の連続で、ここまで来た 四回に渡り掲載していただきました。文章を書くということは自分は何に興味があり、何が好きで、何にピンと来ないかを知っていくことでした。つまり知っている自分の確認でもあり、知らない自分に気づく旅だったように思います。素晴らしい機会をいただきありがとうございました。読者の皆様、最後までお付き合いいただき誠にありがとうございました。どこかの劇場で、あるいは道端でお会いしたら気軽に声をかけてください。 偶然の出会いが思いもしなかった展開になることがある。それの連続でここまで来ました。 ■ 福原冠 神奈川県出身。範宙遊泳所属。2015年からインタビューによって作品を立ち上げるユニット・さんぴんを始動。劇団以外でも古典劇から現代劇まで幅広く出演。近年はダンス公演にも出演している。近年の出演作に山本卓卓演出「バナナの花は食べられる」「心の声など聞こえるか」、福原充則演出「ジャズ大名」、三浦直之演出「BGM」「オムニバス・ストーリーズ・プロジェクト(カタログ版)」、永井愛演出「探り合う人たち」、杉原邦生演出「グリークス」、森新太郎演出「HAMLET -ハムレット-」、中村蓉演出「花の名前」など。