ミャンマー:仏教徒とイスラム教徒の対立
生活に必要なものはない
ミャンマー西部にあるラカイン州。州都シットウェ市の郊外にある難民キャンプを訪れた。電気はおろか、水もトイレもない道路脇の空き地につくられた掘建て小屋やテントに、数百人のベンガル系ムスリム(イスラム教徒)のロヒンギャの人たちが暮らしている。 「生活に必要なものなど何もない。ここにはNGOも来ないから、テントをつくるプラスチックシートさえないんだ」 一人の若者が片言の英語で訴えた。 [写真特集]写真家・高橋邦典フォトジャーナル ラカイン州では、昨年6月と10月の2度にわたって、地元の仏教徒のラカイン族とロヒンギャの人々の間で大規模な武力衝突がおこり、100万ともいわれる難民が発生した。犠牲者の多くはロヒンギャの人々だ。 彼らは長年のあいだ不安定ながらも共存してきたが、衝突の直接の原因は5月におこったロヒンギャ男性3人によるラカイン仏教徒女性のレイプ殺人だった。仕返しとしてバスに乗っていたロヒンギャ10人が殺害され、その後もお互いの報復の連鎖が続いている。
国籍をもてない民
2011年、50年近く続いた軍政から民政に移管したばかりのミャンマーだが、軍の統治時代からロヒンギャの人々は、「もともと隣国バングラデッシュからの不法移民」という扱いで、市民権も与えられずに差別迫害を受け続けてきた。民政移管後、国を主導するテインセイン大統領も、国連使節団との会合で、「ロヒンギャの人たちには難民キャンプか、国外退去しか道はない。違法にミャンマーにやってきて住み着いている部外者である彼らを守る義務はない」と言い切っている。 こういった経緯から、特に国際世論は「国籍をもてない民」としてのロヒンギャの人々に同情的になりがちだが、現状はもっと複雑で抗争の根は深い。 ミャンマーに住む民族の数は130以上あるが、軍政時代も現在も人口の8割以上を占める多数派のビルマ族が権力を握り、他の少数民族の権利がないがしろにされてきたという歴史がある。ラカイン族もその例外ではなく、ずっとビルマ族の圧政に不満を抱き続けてきた。そしてその不満に近年さらに輪をかけたのが、ロヒンギャの人々の人口増加による地域のイスラム化だ。ラカイン族はビルマ族とロヒンギャの人々の両方から侵略されているという危機感を募らせ、それが爆発したのが昨年の暴動の要因のひとつでもあった。