[懐かし名車:トヨタ初代セリカ]じつは“安くてかっこいい若者グルマ”を目指した?!
初代セリカの成功とツインカムの大衆化
そして本題。日本にこの手法を持ち込んで大成功したのが、1970年に誕生した初代セリカでした。大衆向けのクーペはカローラなどにすでに設定されていましたが、それは車体の後半部だけをクーペにしたもの。対するセリカは同時に開発されたセダン(後にハードトップも加わる)のカリーナをベースに、実用車のカリーナとはまったく異なる斬新な2ドアクーペボディの、独立車種として誕生。これが若者の熱狂的な人気を呼んだのです。 セリカGTのために用意された2T-G型ツインカム(DOHC)エンジンも、量産されるカローラにも積まれるOHVのT型をベースに、オートバイで実績のあったヤマハが手際よく開発生産したもの。それはカローラ/スプリンターのクーペ(レビン/トレノ)にも積まれて、レースやラリーで大活躍。ツインカムを大衆化しました。 さらに、ハッチバックが好まれる北米市場向けに1973年に加わったLB(リフトバックまたはエルビー)と呼ぶボディは、ダルマとあだ名されるオリジナルのクーペ以上に日本の若者にも人気を呼びました。初代セリカは、排ガス対策機器を搭載するためフルモデルチェンジなみの手直しを受けながら、1977年まで、7年もの長寿モデルとなったのです。 【トヨタ セリカLB】こちらがリフトバック。トランクを持つ2ドアハードトップクーペから、ハッチバックスタイルになっている。ボンネット長を変更するなど、スタイリングの作り込みに注力。
その後も続いた世界での人気
アメリカでも人気を呼んだセリカは、2代目ではカリフォルニアスタジオのデザインとなり、日本では少し人気が減速しますが、世界では手ごろなスペシャリティカーとして高い人気を維持しました。 欧州のスポーツカーを正統派と見なす当時のクルマ好きの中には、若者に迎合した安物のスポーツカー、などと陰口をたたく人もいました。しかしトヨタが送り出した、若者にも手の届くかっこいいクルマという商品企画は、ファミリーのための上等なセダン・カローラとともに、1970年代の日本のモータリゼーションを大きく飛躍させる原動力となったのです。 【トヨタ 2代目セリカ[XX]】1977年に登場した2代目セリカ。初代同様、カリーナのプラットフォーム×2ドアクーペスタイル(または3ドアのリフトバックボディ)。デザインは、トヨタの北米デザインスタジオCALTYによるもの。前期型は丸目で、後期型から角目に。写真は北米向け上位車種のXXで、やがてスープラへと発展。
────────── ●文:横田 晃(月刊自家用車編集部) ※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。※特別な表記がないかぎり、価格情報は税込です。
月刊自家用車編集部