「トヨタ1強」時代の始まり 2016年クルマ業界振り返り
しかし「悪法もまた法なり」でトヨタとしては7.1万台をクリアするために、まだ戦力にならないMIRAIに代えて、早急に電気自動車を開発しなくてはならない。北米では、州と州の間を走り切らなくてはクルマとして一人前とは認められないから、少なくとも500キロ程度の航続距離が必要だ。そういうクルマを45万台売るためには、一車種ではどうにもならない。全部がヒットモデルになったとしても3車種から4車種は必要だ。大トヨタとは言えそれだけのリソースを持って行かれるのは大事だ。トヨタは小型車の開発をダイハツに任せることによって、この緊急事態に対してのリソースが確保できる。 厳しいZEV規制は、一定規模以上のメーカーという縛りがあるので、現状ではマツダもスバルも引っかからない(スズキは事実上、北米で販売していない)が、規制の理想主義振りを考えると、いずれ例外措置はなくなることも考えなくてはならない。そうなれば彼らもまた電気自動車をゼロから作らなくてはならなくなる。しかし自ら作らずともアライアンスを軸に、トヨタからコンポーネンツの提供を受ければ、心配は払拭される。提携の発表の際に、決まり事のように繰り返される「先進技術領域と環境技術領域についての協力」という言葉の詳細を開いていくと、こういう厳しい戦いの構図が見えてくる。 判官贔屓の多い日本人としては、強大なトヨタが他メーカーを次々と軍門に下しているいけ好かない話と捉える人も少なくない。しかし、現実にこうした詳細を見てみると、トヨタ側だけでなく、提携する各メーカーもそうしないと生き抜いて行かれない事情がある。 そして何より、トヨタが変わったことを筆者は強く感じる。スズキはほんの数年前にフォルクスワーゲンとの提携を法廷闘争にまで持ち込んで解消した。背景としてはイコールパートナーとしての提携であったはずの話を、フォルクスワーゲンが「スズキの経営を管理する」と見下した発言をして鈴木修会長の逆鱗に触れたことがある。鈴木会長は提携解消について例によって飄々と「色々と勉強させてもらいました」と答えたが、実はこの一件をもっとも真剣に受け止めたのは豊田社長なのではないかと思う。大が小を飲み込むような提携は破綻を招くことを察知したように思えるのだ。マツダ、ダイハツ、スズキ各社社長との共同記者会見で、相手に対するリスペクトを強く発信し、トヨタの決算発表でも誰から問われたわけでもなく「各社から学ばせていただいていることは多い」とわざわざ発言している。 トヨタのアライアンスはこの姿勢が実を結んだものだと筆者には思えるのである。トヨタがハブとなって日本のメーカー各社が新時代に向けて大きな挑戦をしていく流れが始まったことが、2016年の最大の事件であったと筆者は思う。
---------------------------- ■池田直渡(いけだ・なおと) 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。自動車専門誌、カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパンなどを担当。2006年に退社後、ビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。現在は編集プロダクション「グラニテ」を設立し、自動車メーカーの戦略やマーケット構造の他、メカニズムや技術史についての記事を執筆。著書に『スピリット・オブ・ロードスター 広島で生まれたライトウェイトスポーツ』(プレジデント社)がある