大阪出身カナダで国際線CAになった男性「オカンを自分が働く飛行機に乗せる」夢叶え。パニック障害になったことも
子供の頃からの夢「飛行機で働きたい」。パイロットではなく、フライトアテンダントとして。『国際線外資系CAが伝えたい 自由へ飛び立つ翼の育て方』(KADOKAWA)は、現役CA、Ryucrewさんのエッセイです。
カナダに移住し国際線CAに
母ひとり子ひとりの家庭から、中学時代に初のホームステイ。海外への憧れは尽きず、国際線CAになるまで。YouTubeチャンネル登録者数23万人のRyucrewさんが伝えたいのは、自分らしさを貫く生き方です。 日本、移住先のカナダ、さらには空の上で、酸いも甘いも味わったRyucrewさん。様々な経験の中でつちかった、本当の自由と、傷ついてもへこたれない翼の作り方は、どのようなものなのでしょうか。
男性のフライトアテンダントは当時狭き門だった
大阪生まれの大阪育ち。「いい意味で放任主義」の母のおしえは、「やりたいならやったらええけど、なんかあったら自分で責任取らなあかんで」でした。 Ryucrewさんのポリシーは「どんなに大きな決断も自分自身でする」。家族や友達に話し、反対されたとしても、最後は自分で決めるのです。どんな結果になろうとも、自分で責任を取れば、後悔はないのかもしれません。 今でこそ男性のフライトアテンダント(CAは和製英語。Ryucrewさんも日本語で話す時はCAを使うそうです)はめずらしくありませんが、Ryucrewさんが就職した当時はかなり狭き門だったそうです。 苦労の末、LCCに採用されまたものの、ひとつだけ悩ましい問題がありました。Ryucrewさんのパートナーは、カナダ人でカナダ在住だったのです。
「1年で辞めるから挑戦させてほしい」とパートナーに
「1年で辞めるから挑戦させてほしい」というRyucrewさんの申し出を、パートナーの彼は承知してくれました。“彼”、つまり男性です。 夢と愛情、将来を見据えた仕事と大切な人との暮らし。Ryucrewさんもとても迷い、悩んだのではないでしょうか。 人生には後回しにできる夢と、今やるべき夢があると思います。自分の心とパートナーの気持ち、両方と真摯に向き合ったからこそ、彼はRyucrewさんの意思を尊重したのでしょう。 「“いつでもチャンスがある”とは限らない」。これはRyucrewさんの生き方「5カ条」のひとつ。即座にチャンスをものにして、1年後、カナダに移住し、カナダの航空会社に転職しました。