“プラダを着た宇宙飛行士”が月面を歩く日
宇宙開発を加速するにはさまざまな分野の知見が必要であり、最近では異業種の“非宇宙企業”の参入も増えてきている。イタリアを代表する高級ファッションアパレルブランドであるプラダは、米アクシオム・スペースと共同で月面宇宙服の開発に乗り出す。長年培ったデザイン性や技術、ブランドとしてのこだわりを生かし、これまでにない画期的な宇宙服を作る。高級ブランドならではの新たな目線を武器に宇宙開発へ挑戦する。(飯田真美子) 【写真】プラダが開発中の月面宇宙服 10月にイタリア・ミラノで開かれた世界最大規模の宇宙業界の国際会議で、プラダがデザインした月面宇宙服の最新モデルが展示されたことがきっかけで注目された。同宇宙服は米主導の「アルテミス計画」の有人月面着陸での着用に向けて米アクシオム・スペースと開発しており、2025年ごろの実用化を目指している。 プラダは衣服やかばん、アクセサリーなどの高級ファッションアパレルブランドとして知られているが、ヨットレース事業にも力を入れている。1990年代にヨットの国際レースへの挑戦をはじめ、2019年にはタイヤ製造会社であるピレリと共同で完全に水上走行するヨットを開発。24年の大会では決勝まで進出するほどの技術を持つ。 また競技で着用するためのセーリングウエアからヒントを得た自社製品も多く、デザインよりも機能性や耐久性を重視したウエアなども作っている。プラダのロレンツォ・ベルテッリグループマーケティング責任者は「プラダの数十年にわたる実験や最先端技術、デザインのノウハウを宇宙服のデザインに応用する」と意気込む。 こうした技術を生かし、宇宙や月面特有の放射線や寒暖差の激しい環境から人体を守るための素材やデザイン、機能を持った宇宙服の開発を進める。具体的には、宇宙服の表面の白い素材は太陽からの熱から保護するために選ばれ、月面の極域の太陽光が当たらない場所でも数時間は活動できる設計にするなどの技術が盛り込まれている。 従来の宇宙服は国際宇宙ステーション(ISS)での船外活動で使われており、気密性や動きやすさ、体温調整などの機能に優れた構造になっている。船外活動の経験がある宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙飛行士の金井宣茂さんは「宇宙服での活動は小型の宇宙船に乗っているような感覚」と例える。ただ、ISSと月面では環境がまったく異なり、これまでにはない視点を意識した宇宙服が必要だ。 月面宇宙服を共同開発する米アクシオム・スペースのマイケル・サフレディーニ最高経営責任者(CEO)は「衣服の素材や製造技術、デザインに関するプラダの専門知識は、月に降り立つ宇宙飛行士の快適性だけでなく人的要因への配慮にもつながる」と強調。非宇宙企業だからこそ新たな気付きがあり、よりよい製品開発につながる知見を持つ。“プラダを着た宇宙飛行士”が月面を歩く日が楽しみだ。