「学びを隠す社会人」そのワケは?◆大学院で見えた学び直しの壁、応援する企業も #令和に働く
「会社に言えずに大学院に通う人がいる」―働き方に関する取材の中でそんな話を耳にし、興味を持った。なぜ、内緒にしないといけないのだろう。社会人大学院のゼミに足を運び、当事者に話を聞いてみると、大人の学びを巡るさまざまな課題が見えてきた。(時事ドットコム取材班 川村碧) 【アンケート結果】学び直し、同僚の反応予想は? ◇大学出たら学びは終わり? 7月のある土曜日。東京都千代田区の法政大学市ケ谷キャンパスの講義室を訪ねると、20~60代の男女約20人が議論を繰り広げていた。彼らは、主に働きながら修士号や博士号の取得を目指す「社会人大学院生」で、法政大大学院政策創造研究科の石山恒貴教授のもとでキャリア形成や職業能力開発について研究している。 「大学院に通っていることは、会社や同僚に秘密にしています」―その中の1人、男性会社員(61)は記者にこう明かした。銀行で30年以上勤めてきたが、役職定年を前にキャリアを見つめ直し、55歳で修士課程に入学。現在は転籍した不動産会社に勤めながら、博士号取得を目指す。男性は「ずっと同じ組織にいて、視野が狭くなったと感じた。次のキャリアを模索するために学びたいと思った」と話す。 銀行に勤めていた時、大学院進学を職場に伝えると、「今から学んで役立つのか」「業務に生かせるのか」と問われ、転職の準備だと疑われる雰囲気を感じたという。その経験もあって今の会社では通学を明かしていない。「MBAのように会社にとって目に見えて役に立つ分野じゃないと歓迎されない。社員自身の成長より、組織でどう使えるかという視点しかない」と話す。「『ぜいたくな趣味だね』と言われたこともある」と苦笑いする男性。「大学を出たら学ぶのは終わり、と思う人が多いようだ。高校や大学で一生懸命勉強すると評価されるのに…」と首をかしげる。 ◇「暇なら仕事して」と言われそう 機械部品メーカーで働く女性(55)も会社には「秘密」で大学院に通う1人。会社では人材開発を担当しており、専門性をより深めるため博士号の取得を目指している。女性は「『そんな暇があったら仕事をしろ』と言われそうで会社ではとても言える雰囲気じゃない」と首を振る。なぜ隠しているのだろうともどかしい気持ちになることもあったが、「言わない方が職場で波風が立たない」と語る。 仕事と学業の両立は苦労の連続だった。平日夜の授業に出るために、朝からスケジュールを組んでいても「緊急事案で部下から助けを求められれば仕事を優先せざるを得ず、3~4回に1回はうまくいかなかった。柔軟に対応していかないと続けられない」と話す。 一方で、大学院の学びは仕事でも役立った。女性管理職研修を社内で初めて導入する際は、まず当事者の女性管理職らに話を聞いて課題を把握。外部の教育研修業者もリサーチしたが、当時、業者が提供していた研修は、女性らしさを強調した内容などで違和感があり、専門家と共に新しい研修を作り上げたという。女性は「現状分析をして仮説を立て、理論に基づいて実践する手法は、大学院で身に付いたスタイルですね」と振り返る。 この女性は日本企業の教育投資の少なさが個人の学びへの不寛容に通じているのでは、と指摘する。「社員の学びへの投資が、長期的には企業に役立つという考えが乏しいと感じる。自分の部下には、社内だけでなく外部の研修でも学んでもらうようにしているが、組織の意識を変えるのは難しい」とため息をついた。 ◇半数が「学び」を周囲に明かさない 法政大院の石山教授によると、これまで担当していたゼミ生の中で、会社に明かさずに通学していた人は一定数いたそうで、「職場に言えない人は多いのではないか」と話す。こうした言葉を裏付けるように、学んでいることを周囲に明かさない実態は、パーソル総合研究所の調査にも表れている。 全国の従業員6000人を対象にした同社の調査によると、56.1%が業務時間外に自発的な学習を行っていないと判明。学習に取り組んでいる2704人に、自身の学びについて同僚に言うかを問うと、56.2%が「言わない」と回答した。 6000人に対し、学習行動を周囲に共有した場合の予想される反応を複数回答で尋ねると、「反応が薄そう(20%)」「興味をまったく持たれなそう(16.3%)」「仕事が暇だと思われそう(15.6%)」「自慢だと思われそう(15.2%)」が挙がった。 調査では、学びを隠す要因として、「学びは1人で行うもの」という独学バイアスに加え、周囲の無関心や、「転職や異動を考えている、出し抜こうとしていると思われそう」といった「裏切り者」扱いへの懸念が影響していると指摘する。