岡山県緑深い中山間地域で開催されたアートフェス「森の芸術祭」を訪ねて考えたこと
9月28日から11月24日まで開催されている「森の芸術祭 晴れの国・岡山」は、岡山県北部の緑の深い中山間地域の12市町村(津山市、高梁市、新見市、真庭市、美作市、新庄村、鏡野町、勝央町、奈義町、⻄粟倉村、久米南町、美咲町)を舞台にしており、13カ国から42組43名、うち国外から18名、国内から25名の現代美術のアーティストたちが機知に富む作品を発表している地域発アートフェスだ。 筆者は9月下旬、地元メディアやアート雑誌、国内外のアート関係者らと一緒にバス3台を連ねて、展示スポットのある市町村を2日間かけて訪ねた。 海外で多くの美術展の企画に携わり、東京藝術大学名誉教授で金沢21世紀美術館館長を務める長谷川祐子アートディレクターが招聘したアーティストだけに、どの作品も意味深く、いろんなことを考えさせられた。 日本を代表する建築家で故人となった磯崎新氏や坂本龍一氏へのオマージュ作品や、前回紹介した映画監督の蜷川実花さん、俳優でありダンサーでもある森山未來さんなど、ビッグネームもひしめく華やかな作品群とその創作をめぐるストーリーに触れ、しばらくの間、頭の中を整理するのに苦労したほどだ。 ■森に対する認識が揺さぶられる作品 さて、数ある作品のなかでいったい何を紹介すべきだろうか。 ここは愚直すぎるかもしれないが、作品の題材として「森」そのものを扱っている作品にしぼることにしたい。なぜこの地でこのテーマが選ばれたのかという素朴な問いに対する筆者なりの発見や、別の日に岡山県北を取材して知った今日の森と人間の関係をめぐって、ささやかながらお伝えできることがありそうだと思ったからである。 まずアルゼンチン出身のレアンドロ・エルリッヒさんによる『まっさかさまの自然』だ。この作品は、手厚い子育て支援による出生率の高さで全国の自治体から注目されている岡山県奈義町の、ふだんは町民のためのコミュニティの場だった屋内ゲートボール場「すぱーく奈義」に展示されている。 広さ300平方メートルの柱のない空間に、巨大なプールのように見える鏡が敷かれる。天井からは約300本の人工の木が吊るされ、揺れている。中央に橋が架けられ、鑑賞者はそこを歩くことで、足下の鏡に映し出された、反転する木々がせり上がるような気配と、天井からぶら下がる木々の板挟みになる。 現実の森ではありえない、この奇妙な感覚は、金沢21世紀美術館の常設作品『スイミングプール』でも知られるエルリッヒさんならではの、意想外の仕掛けが施された空間デザインによるもので、われわれの森に対する凡庸な認識がいきなり揺さぶられることになる。 また、今回、筆者が気にいった作品の1つが、紅葉の名所、鏡野町奥津渓の渓流沿いに設置された日本の若手アーティストの立石従寛さんによるサウンドインスタレーション作品『跡』だ。この地を訪ねた折、彼は川の清流や木の葉が風にそよぐ音、動物や虫たちの鳴き声にインスピレーションを受けたという。 仮想と現実、自然と人工など、相対する境界をテーマに制作に取り組む彼の作品は、川沿いの岩場に光を照射し、立体的な形状をデジタルデータに変換する3Dスキャンによって組み立てられた不定形な鏡のオブジェを用意し、周辺に配置された5つのスピーカーからは、鳥や動物の鳴き声だけでなく、なぜかクジラなどの海洋生物の声が響き渡るというものだ。 鏡張りの椅子には森の木々が映り込む。新たに持ち込まれた音響の轟きによって、人間がもともと持っていたかもしれない自然と響き合う知覚が呼び覚まされ、森の深淵に引き込まれてしまうかのようだ。紅葉が進むと、さらに燃えるような美しさが体感できるだろう。そこはもうふだんの見慣れた行楽地ではない。