北海道美瑛町、危ぶまれる農業と観光の共存
北海道美瑛町の自然は息を飲むほど美しい。その景観を求めて人口1万人の町に全国や海外から年間150万人もの観光客が訪れる。十勝岳のふもとにできた「青い池」、パッチワークの丘にぽつんと建つ赤い屋根の家、広大な牧場で育つ乳牛と観光資源には事欠かないが、観光客のマナーの悪さが美瑛の農業と景観の存続を危うくしている。
農家の営みが作る観光資源
北海道のほぼど真ん中に位置する美瑛町。面積は677.16平方キロメートルで、ほぼ東京23区の広さに相当するが、人口は約1万人に過ぎない。夏場の日差しはきつく、気温も高いが、吹き抜ける風が涼しく空気が爽やかだ。空を遮る建物はなく、都会の生活を忘れさせてくれるに十分すぎる自然がここにある。 十勝岳のふもとに広がるなだらかな丘とそのアクセントとなるように立つ樹木がこの町の見どころの一つで、小麦や馬鈴薯といった農作物が黄色や赤、緑といった色とりどりの“パッチワーク”を形成し、「丘のまち美瑛」として全国にその名が知られている。 CMなどでたびたび紹介されることもあり、美しい自然を求めて、夏のハイシーズンを中心に全国や海外から150万人もの観光客が訪れる。ラベンダーで有名な北海道富良野市は、観光客向けに整備された町づくりがされているが、美瑛の町は農家の日々の営みがそのまま美しい景観になっている。美瑛町内にも観光客向けに整備された展望花畑「四季彩の丘」があるが、ほとんどは純粋な農地だ。 美しいパッチワークを織りなす一つひとつの畑は、小麦や馬鈴薯、豆類、ビートといった農作物だ。パッチワークの特に明るい黄色い部分は、菜の花の仲間のキガラシ。観光花畑のように見えるが、緑肥といって畑の肥料になる。収穫しないでそのまま畑にすきこむ。この花には、畑を休ませる目的もある。綺麗な光景を生み出すが、決して観光向けに栽培されているわけではない。
深刻な観光客のマナー
観光用の施設と農地の違いを知ってか知らずか、美瑛を訪れたアマチュアカメラマンらが私有地である農地に無断で立ち入り、農作物を荒らしていく。町の観光協会は、農家からの苦情があるたびに立ち入り禁止のサインを設置しに走り回る。 新栄の丘展望公園で、職員らがサインを設置している作業中にも、アマチュアカメラマンが牧草が栽培されている畑に侵入した。ランナーが声をかけて退出させたが、こうした観光客のマナー違反は後をたたない。もっとも、観光客には、牧草と雑草の見分けはつかないかもしれないが、立ち入りを禁止するサインは至る所に設置されている。なかにはサインが人為的に倒されているケースも散見されるという。 そのため観光協会は、今年6月から「観光パトロール」と書かれたマグネット式のステッカーを公用車などにはり、観光アドバイザーらとともに町内の見回りを強化した。マナーの悪さにおいて、住民が声をそろえるのは日本のアマチュアカメラマンの存在だ。外国人はNOと言えば、すぐ理解してくれるが、アマチュアカメラマンは少しでも美しい写真を撮ろうと指示に従わないことも多い。 観光協会の職員は「すぐに出て行ってくれる人もいるが、理屈をこねてなかなか出て行かなかったり、一度は出て行ってもまた戻ってくるアマチュアカメラマンもいる」といら立ちを隠さない。 農業の当事者である農家のいら立ちの種は、私有地への侵入だけではない。観光客が路上に駐車した自動車から離れた場所で写真を撮っていたため、農作業車が通れなかったり、トラクターに勝手に乗車されていたりすることもあるという。