客車の蒸気暖房を楽しむ 柔らかさと優しさ
2席ずつ向かい合わせとなる4人掛けボックス単位で発売され、追加料金なしで2人まで乗車できた。旅行代理店を通さない自社企画のためか、料金はリーズナブル。暗闇に立ち上る蒸気と夜行列車を同時に体験したくなり、友人と相席で乗り込んだ。ともに夜行列車体験はそこそこあるが、蒸気暖房は意識していなかった世代だ。 SL現役時代を知らない乗客も、それぞれの楽しみ方を味わった様子。初めてSL夜行列車に乗ったという大学生は「この時代を知る人がうらやましい」と感激していた。大井川鉄道では使用できない電気暖房用ヒーターが客車にあるため「本当は(通し番号が)4桁の2千番台でないと」「TR47台車の乗り心地が」などと詳しい。この種のレトロ列車には、推理作家・横溝正史の小説を映画化した「金田一耕助」シリーズの主人公のように着物に帽子、革製トランクを持つ終戦直後のいでたちに扮(ふん)した乗客が現れることもある。 列車は島田市の新金谷―家山間15㌔足らずの距離を途中停車駅なしで3往復するが、実走行時間は全行程の3分の1、約3時間しかない。折り返しの長い停車時間中に「機回し」と呼ばれる機関車(C10型8号機)の先頭方向への付け替え、水や石炭の補給、点検がある以外は、客車自体は静まり返った。ホームや駅設備は乗客でごった返すが、客車からは時折蒸気が噴き出す「シュー」という音しかしない。発車前にブレーキを緩める「プシュー」という空気音もよく聞こえる。いずれも1980年代初頭まで残っていた情景である。〝鉄道遺産〟とも言える文化がほそぼそとでも残ればと願いながら、停車中はとても静かな旧型客車に乗りに行きたくなってしまうのだ。
☆共同通信・寺田正