古代エジプト人もデスクワークは辛かった!? 書記の骨に「職業病」の痕を発見
ペンをかじりながら仕事をしていた?
古代エジプトの文字といえば、神殿や墓の壁に刻まれたり書かれたりした複雑なヒエログリフを思い浮かべる人がほとんどだろう。しかし、それを書いたのは専門の職人たちで、書記が書いたのはヒエラティック(神官文字)と呼ばれるものだ。いわば筆記体であり、ヒエログリフよりも効率的に書くことができる。 英オックスフォード大学のエジプト学者で、古代エジプトの書記に詳しいハナ・ナブラチロワ氏によると、ヒエラティックは今から5000年ほど前に作られ、3000年近くにわたって使われてきた。なお、氏は今回の研究には関わっていない。 古代エジプトの書記の社会的階級は、兵士とほぼ同等で、職人や商人、一般市民の上、神官や貴族の下にあたる。書記になれたのは男性だけで、息子が父親の仕事を継ぐことが多かった。 古代エジプトの絵には、床にあぐらをかいて座ったり、ひざまずいたりする書記の姿が描かれている。ただ、立って仕事をする書記の彫刻や図もある。おそらく、畑で収穫の量を記録したり、穀物庫を調べたりする様子だろう。 「書記は部屋の中で座り続けていたわけではありません」とナブラチロワ氏は言う。「収穫中の様子、生産物や税を記録する様子、肉屋のとなりで仕事をする様子なども描かれています。書記はあらゆる場所にいたのです」 研究者たちが驚いたのは、アブシールの書記たちの多くが、あごの関節を酷使していたことだ。書記はイグサで作った筆のような「ペン」を使っていたが、ペン先がぼろぼろになると切り落とし、先端を噛んで新たなペン先を作っていたのかもしれない。 当時は、すすで作った黒インクが主に使われていたが、特に注意を要する内容には、赤鉄鉱で作った赤インクも使われていた。
仮説への反論も
米サンフランシスコ州立大学の生物考古学者、シンシア・ウィルチャク氏は、今回の研究についてこう述べている。「興味深いですが、古代エジプトの『書記特有』の骨の変化パターンを解明できるのは、まだずっと先のことでしょう」。なお、氏は今回の研究には関わっていない。 ウィルチャク氏が指摘するのは、アブシールの墓から見つかった30人の骨のうち、肩書きから書記だと特定できたのは6人だけである点だ。その他は、墓の位置など、社会的地位を示す手がかりから、書記だと推測されているに過ぎない。 「今回見つかったパターンが、ほかの場所で特定された書記にも当てはまるのか、とても気になるところです」 さらにウィルチャク氏は、イグサのペンをかじったことであごを負傷したという仮説は理にかなっているが、それなら歯にも同じような痕跡が残されているはずだと述べる。「それが正しいとすれば、歯がすり減っているなどの痕跡があるはずです。しかし残念ながら、そのような証拠は示されていません」