「クリントン大統領」実現への課題 「米国vs.トランプ」の構図つくれるか
(3)共和党への揺さぶり
前回の記事で書いたように共和党は白人労働者の多いペンシルバニア州やオハイオ州など中西部で民主党の切り崩しを図ってくるだろう。一方、つい先日、民主党は激戦州の一つであるコロラド州でのテレビ広告を大幅縮小すると発表した。また、ビル・クリントン元大統領が共和党の牙城ユタ州で遊説予定と発表した。コロラド州はもはや安泰と判断したのか。モルモン教徒の多いユタ州ではミット・ロムニー氏(モルモン教徒)を侮辱し続けたトランプ氏への反発が強い。天才的な政治的嗅覚を持つ元大統領はそこに勝機を見出したのか。それとも共和党を揺さぶろうというブラフ(こけおどし)なのか。実に興味深い。
通常、党大会直後には支持率が5%ほど上昇する。世論調査が落ち着き、大勢がはっきりするのは8月中旬だろう。その結果を受けて、民主党としては、サンダース氏、オバマ大統領、ミシェル夫人、クリントン元大統領、ジョー・バイデン副大統領、そして無党派ながら今回クリントン氏支持を表明したマイケル・ブルームバーグ氏(元ニューヨーク市長)らを遊説に適宜担ぎ出すだろう。この点、重鎮の党大会欠席が相次いだトランプ氏は不利だ。 それにしても、民主党の政策綱領が「死刑制度廃止」を初めて明記し、共和党の政策綱領が「メキシコ国境の壁建設」を明記するほど、両党の乖離はますます広がっているようだ。クリントン氏もトランプ氏も指名受諾演説で「米国の団結」を強調したが、2つの党大会を見ているとほとんど別の国の政治集会のようだった。それでいて、どちらの大会でも「TPP反対」のプラカードが掲げられるなど「共和党vs民主党」「保守vsリベラル」といった構図では必ずしも捉えられない、新たな分断線も顕在化している。先鋭化する党派性と内破される党派性。一見矛盾する両者はグローバル化の流れと密接に結びついた現象であり、決して米国だけの問題ではない。 投票日まで100日余り。ここからいよいよ本選挙へと突入する。両陣営の戦略・戦術・策略に要注目だ。
------------------------------ ■渡辺靖(わたなべ・やすし) 1967年生まれ。1997年ハーバード大学より博士号(社会人類学)取得、2005年より現職。主著に『アフター・アメリカ』(慶應義塾大学出版会、サントリー学芸賞受賞)、『アメリカのジレンマ』(NHK出版)、『沈まぬアメリカ』(新潮社)など