愛知が誇る新名物「めすうなぎ」とは? “未認知”覆す絶妙ネーミング
愛知県のウナギの価値とは?
ウナギは差異化が難しく、消費者が食べたいときに「ウナギ=愛知県産」と第一想起してもらうのは容易ではない。そこで、大石氏は「年間を通しておいしいウナギを提供できれば、愛知県のウナギの価値向上につながる」と思い立った。 オスのウナギは秋口以降に出荷すると身が硬くなる。身が硬くなってしまう時期にめすうなぎを出荷できれば、年間を通して品質の高いウナギを愛知県が提供できる、というわけだ。 23年春、事業化を目指し始めた大石氏は、「最大の課題は認知」と考えていた。そもそも、ウナギにオスとメスがあることを、ほとんどの人が意識すらしない。未認知の人にメスの存在を認識してもらい、さらにオスよりサイズが大きく、時期によっては品質のよい個体が多くなるという魅力を知ってもらうには高いハードルがあった。 ●「雌」「メス」「めす」 境界はどこか 端的に商品の強みを伝えるため、付けた商品名が「めすうなぎ」だった。「商品名を見れば、ウナギに性別があると伝わりやすく、何より、気になって商品のWebページをクリックしてもらいやすい」と大石氏は踏んだ。 しかし、ジェンダー論に発展しかねない名前に、当初から「この名前で大丈夫か?」と悩んでいたと大石氏。 最終的に決定した「めすうなぎ」という名称は、何度も変更が加えられた結果だ。研究期間中である18~22年度は、学術的に生物名はカタカナ表記が広く採用されることから「雌ウナギ」としていた。しかし、「漢字だと、消費者が雄(オス)雌(メス)をすぐに判断しにくいと、研究期間が終わるタイミングで商品名を変更した」と大石氏。 そして23年度からは、社会実装に向けて「メスうなぎ」とした。通常はメスウナギと表記するが、「メス」を強調したかったため、ウナギ部分をひらがな表記に変えた。 「養殖事業者や地元の消費者にヒアリングした限り、大きな問題はなさそうだった」(大石氏)。そこで共同団体は、「メスうなぎ」表記で周知に向けて動き出した。 最初のPRの場に選んだのが、23年8月に東京で開催した「第25回 ジャパン・インターナショナル・シーフードショー」。ここでブースを構え、来場者に「通常のオス」と「大型のメス」の食べ比べてもらった。 833人の回答者のうち、85%が「大型のメスの方が好き」、97%が「大型のメスのほうが、身が軟らかい」と答えた。メスうなぎという名前にも、批判的な意見はなかったという。 さらに、客観的にメスうなぎの強みを調査するため、味覚センサーなどを用いて食品や飲料品の味を解析する味香り戦略研究所(東京・中央)に調査を依頼。同じ養殖場で同じ餌を与えて飼育したオスと比較し、メスうなぎのほうが「身が軟らかい」「身に厚みがある」、「苦味・雑味が少ない」「うま味成分であるグルタミン酸を多く含む」といった結果が出た。 こうしたデータを基に、「幻の『メスうなぎ』誕生!」というタイトルのパンフレットも制作した。パンフレットには、共立製薬が一般消費者139人を対象に実施した、「通常のオス」と「大型メス」のアンケート調査の結果を掲載。「身の軟らかさ」「脂ののり」などの項目で大きく差がつき、8割弱が「大型メスのほうがおいしい」と評価した。 ●オスとメスはカニバるか? 一方で、問題も起きていた。メスを強調したことで、これまでオスのウナギを育ててきた養殖事業者から慎重論が挙がり始めた。自分たちが育ててきた一色うなぎのブランドが、オスとメスでカニバるのでは?という疑念からだった。 23年10月、新しい技術の実証メンバーである養殖事業者が中心となり、「三河一色めすうなぎ研究会」を設立した。養殖事業者の疑念を受け、名称には、メスを強調しすぎない「めすうなぎ」をいち早く採用した。 研究会を発足したのは、他県を牽制する狙いもある。元々は国の研究プロジェクトであるため、メスのウナギを育てる技術はリポートで開示されている。「すでに鹿児島県で大豆イソフラボンを餌に活用する動きがあり、事業化を加速する必要があった」(大石氏) 24年4月からは、一般消費者向けの表記も「めすうなぎ」に統一。養殖事業者に対しても、「メスがオスの市場を奪うのではなく、オスが品質を保てない時期にメスを出荷するなど、年間を通して共存できる」と強調した。 ●未認知のウナギはクラファンで 全国展開への最初のステップとして、クラウドファンディングのマクアケを活用した。先述のシーフードショーで、新しい商品・サービスとの相性がよいプラットフォームだと来場者に紹介されたためだ。 24年5~7月に実施したプロジェクトのタイトルは、「幻の『めすうなぎ』を全国へ。科学的に旨味を証明。鰻王国・愛知県 三河一色の挑戦」。めすうなぎの認知度を高めるだけでなく、客観的なデータと共に、その品質の高さまで伝えるのが狙いだ。 リターン商品の価格はサイズによって異なり、例えば、「蒲焼き超特大サイズ×2尾(計520g以上)」で1万625円(税込み)から。最終的には、目標金額50万円のところ、808人のサポーターから約900万円の応援購入総額を集めた。 現在はマクアケ分の出荷が終わり、次のめすうなぎの出荷タイミングを待っているところだ。早ければ、24年末にも出荷が始まるという。 また、楽天ふるさと納税のサイトでは、西尾市の返礼品として「一色産めすうなぎ無頭長蒲焼2尾(300g)」(寄付額1万9000円)などが並んでいる。24年12月ごろからは、地元の直販店やウナギ料理店での取り扱いを開始する予定だ。そこから、少しずつ全国展開を目指していく。 既に取引先からの引き合いが強いというめすうなぎだが、伝統あるオスのウナギをないがしろにはできない。需給のバランスを考慮しつつ、めすうなぎのイメージを浸透させるにはどうすべきか。一色町の新しいウナギ競争は始まったばかりだ。
寺村 貴彰