「しば漬け食べたい…。」で話題となったバイリンギャルとその時代、フジッコ「つけもの百選 青じそきゅうり」1987年発売【食品産業あの日あの時】
『ダイヤル回して、手を止めた…』小林明子さんの大ヒット曲「恋におちて -Fall in Love-」の一節だ。1985年に放映されたテレビドラマ『金曜日の妻たちへIII・恋におちて』(TBS系)の主題歌で、作詞は湯川れい子さん。カラオケでおなじみの通り、この曲の2番には「If my wishes can be true…」と英語の歌詞が続く。ドラマ用には全編英語のバージョンも制作されているが、実はこの英語詞を手掛けたのは、クレジットこそされていないものの、あの元祖“バイリンギャル”山口美江さんだという。 当時山口さんは外資系企業の会社員だったというが、多才な彼女をエンタメ業界も放っておかなかった。1987年、山口さんは世界の最新ニュースを日本語と英語で伝える深夜番組『CNNヘッドライン』(テレビ朝日系)のキャスターとしてブラウン管デビュー。その理知的なたたずまいとインターナショナルスクール育ちの英語力でカウチポテト族の注目を集めた。 そんな彼女にいち早く目を付けたのが「おまめさん」「純とろ」で知られる神戸発祥の食品メーカー、フジッコだった。『CNNヘッドライン』出演開始後、ほどなくして山口さんは同社の「つけもの百選」のCMに出演、あわただしく仕事に追われるキャリアウーマンを演じた。肩パットの入ったスーツ姿で届いたファックスに目を通し、歩きながら男性の部下に指示を出す。ふと一人になったエレベーターで深くため息をつくと、思わず漏れた言葉は「しば漬け食べたい…。」。カットが切り替わると、メイクを落とした山口さんがひとり白飯と漬物を幸せそうにほおばる姿に「そんな女の、リラックス。ああさっぱりと、つけもの百選。フジッコから」とナレーションが重なり、CMは終わる。 ピリピリした雰囲気のキャリアウーマンと、きわめて日本的・家庭的な柴漬けというミスマッチに加え、山口さんの絶妙なセリフが大きな反響を呼び、「しば漬け食べたい…。」は流行語に。山口さんも一躍時の人となり、翌1988年には明石家さんまさん主演のドラマシリーズ『心はロンリー気持ちは…Ⅶ』(フジテレビ系)のマドンナ役に抜擢された。同年の岡村靖幸さんのシングル「だいすき」のプロモーションビデオに出演したことでも話題となった。 「恋におちて -Fall in Love-」が大ヒットしていた1986年、「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」、通称・男女雇用機会均等法が施行された。企業には採用、配置、昇進などで男女を等しく扱う努力義務が課されたことで、この年から多くの日本企業で「女性初の総合職」が誕生した。それまで“オフィスレディ(OL)”、 “職場の華”と呼ばれていた企業内の女性たちの立場も少しずつ変化し始めていたが、とはいえ目指すべきロールモデルも存在しない時代。 山口さんが「つけもの百選」のCMに出演した1987年には、歌手・タレントのアグネス・チャンがテレビ番組の収録に出産したばかりの赤ん坊を連れてきたことが批判を受け、社会的な論争に発展した(「アグネス論争」は翌1988年の新語・流行語大賞の大衆賞を受賞している)。この時代、女性たちは「If my wishes can be true…」と「しば漬け食べたい…。」に、言葉にできない様々な感情を重ねていたはずだ。おそらく、どちらも同じ山口美江さんの手によるものだとは想像だにせず。 90年代入ってからの山口さんはバラエティ番組にも活躍の幅を広げた。続々と飛び込んでくる海外のニュースをさばき、大物芸人や政治家にも物おじせず主張する彼女は、多くの日本人にとって目指すべきキャリアウーマン像と映った。キャスターという立場もありCM出演は限られたが、その後ハウス食品の「ハッシュドビーフ」や即席めん「わっしょい」のCMにも出演し、ユーモラスな一面も披露した。 だが私生活を追い回すワイドショーなどの報道に嫌気がさし、90年代半ばにはタレント活動を休止。以降は横浜で雑貨店を経営しながら父親の介護を続け、2012年に51歳の若さでひっそりと息を引き取った。彼女が「しば漬け食べたい…。」と呟いてから37年が経過した。食品産業で働く女性の立場はどう変わっただろうか。 【岸田林(きしだ・りん)】
食品産業新聞社
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