V16でリオ五輪内定の吉田沙保里が流した涙の理由とは?
16回目の世界一が決まった直後、吉田沙保里は、顔を上げずにマットに膝をついた。肩が上下しており、息を整えられないのがひと目でわかる。いつもなら満面の笑顔をふりまき、軽い足取りで応援する客席の母へ手を振るところだ。コーチに肩車され日の丸を掲げていたときには明るい表情に戻っていたが、マットを降りて舞台袖にあたるミックスゾーンへ現れた吉田は、声にならない嗚咽が止められないままインタビューを受けた。その涙を流す様子は、歓喜や安堵より、言葉にならない恐れを感じておびえているように見えた。 冗談交じりとはいえ「霊長類最強女子」といわれる吉田が、何を恐がるというのか。 まず考えられるのは、やはり16回目の優勝がかかった決勝の試合内容だろう。 日本時間10日に米国ラスベガスで行われたレスリングの世界選手権女子53キロ級。決勝で3度顔合わせた宿敵のマットソン(スウェーデン)を2-1の僅差ながら逆転で下したが、得意のタックルから得点できず、リードされたまま試合後半を迎えることになったからだ。 「本当に負けるかもと思った。タックルに入ろうと思っても、何が起こるかわからない。決勝で戦ったマットソンは技の引き出しがとても多い。いろんなことが頭をよぎった試合でした」 決勝戦を戦いながら感じた不安を漏らしたとき、吉田の声はまだ震えていた。怖さを打ち消したいと願うように、いつにもまして早口になっていた。初出場の2004年アテネ五輪では、タックル返しで3失点しても「負けるなんてちっとも思わなかった」とあっけらかんと話していたのとは大きな違いだ。 吉田といえば、百発百中のタックルで得点を重ねるイメージが強い。現在のルールでは、相手の後ろへ回って2点、相手に尻もちをつかせたときの4点のいずれかをタックルする選手は想定している。しかし決勝での吉田は、タックルをきっかけに場外へ押し出す1点を2回、重ねるにとどまった。無得点よりはよいだろうが、いつものように2点以上得点するつもりでいる吉田にすれば、不本意な結果だったろう。