『ラストマイル』で占う“ドラマの劇場版”の未来 日本の特殊性を武器にグローバル展開も
TBSが製作した映画『ラストマイル』の興行が好調だ。内容面でも高い評価を獲得しており、今年の邦画を代表する一本になりそうだ。 【写真】場面カット(複数あり) 本作は、野木亜紀子の書いた2本のテレビドラマ『アンナチュラル』(TBS系)と『MIU404』(TBS系)と世界観を同じくする「シェアード・ユニバース」としてプロモーションされ、実際にドラマの登場人物も多数登場する。物語はほぼこの映画独自のものだが、ドラマから派生した映画ということで、広い意味で「テレビドラマの劇場版」と位置付けてもいいだろう。 テレビドラマの劇場版はこれまでにも数多く製作され、日本の興行収入を支えてきた。日本の映画市場は特殊と言われることが多いが、その特殊性をアニメとともに形成したのが、テレビドラマの劇場版だろう。その歴史とこれからを展望したい。 ■ドラマ劇場版の歴史 テレビドラマの劇場版の歴史は古い。そもそも、テレビ放送が始まる前にはラジオドラマの人気作が映画化されることも珍しくなかった。メロドラマの名作として名高い『君の名は』(1953年公開)は元々、NHKラジオのドラマだ。 日本でテレビ放送が始まったのは1950年代だが、その年代にはすでにテレビドラマ作品が映画化されるケースはあった。有名なのは『私は貝になりたい』だろう。1958年に単発のドラマとしてラジオ東京テレビ(現・TBS)で放送され翌年に映画版が公開されている。 現在では映画として有名な作品の中にも、テレビドラマから生まれたものがある。山田洋次監督の『男はつらいよ』は、1968年から全26話で放送されたテレビドラマだった。テレビドラマは誕生の頃から、映画化され続けてきたのだ。 そんなテレビドラマの映画化が質的にも量的にも大きな転換点を迎えたのは、『踊る大捜査線』の劇場版の成功が大きい。1998年に公開された劇場版1作目は101億円の興行収入を記録、続く2作目の『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』(2003年)は173億円を超える大ヒットとなる。 この成功を受けて、2000年代はテレビ局主導による映画作りが映画興行を牽引することになった。『HERO』や『ROOKIES -卒業-』などの大ヒット作も生まれたが、多くはテレビドラマ人気の後押しを受けてのヒットであり、映画会社としても確実に稼ぎやすいジャンルとなっていった。近年、興行の主役をアニメに譲っている印象はあるが、邦画の実写歴代興行収入ランクでは上位にはテレビドラマから生まれた作品が多くを占めており、強い存在感を保っている。 ■ドラマ劇場版をグローバルに拡げることは可能か こうしたテレビドラマの劇場版は、テレビ放送で人気があったから企画されるわけだが、必ずしも視聴率と興行成績が比例するわけではない。『踊る大捜査線』(フジテレビ系)などは放送当時はそれほど高い人気があったわけではない。本放送で視聴率20%超えを記録したのは最終話のみ。だが、本作には熱狂的なファンを多数生み出しており、当時普及しだしたインターネットではファンによるコミュニティが生まれつつあった。そうした「深く狭く」愛されるタイプの作品が映画では成功するケースが多い。 それゆえ、深夜放送の作品でも映画化されれば大ヒットというケースもある。『おっさんずラブ』(テレビ朝日系)や『きのう何食べた?』(テレビ東京系)などが好例だ。近年は、『科捜研の女』(テレビ朝日系)や『ドクターX ~外科医・大門未知子~』(テレビ朝日系)など長年続いてきたシリーズを映画化する動きもあり、プライムタイムに放送される人気ドラマのみならず、様々な映画化企画が立てられている。今年は、Huluで展開した『君と世界が終わる日に』の劇場版もあったし、配信から映画へ、の流れも生まれている。老舗のタイトルとして『あぶない刑事』のヒットも記憶に新しい。 今後も、『グランメゾン・パリ』や『孤独のグルメ』、そして火付け役の“踊るプロジェクト”映画最新作『室井慎次 敗れざる者』『室井慎次 生き続ける者』などが控えており、テレビドラマの劇場版の流れは、途切れることなく今後も続いていくことになるだろう、 テレビドラマの劇場版企画が続いていくと考えられるのは、テレビ局の事業でモデルが変化を迫られているからでもある。毎年、視聴率による放送収入は減少傾向にある状況の中、どの放送局もその穴を埋めるために放送外収入を増加させることが課題になっている。映画は、テレビ局の持つ映像制作のノウハウを直接活かせる有力な選択肢だ。放送外収入の稼ぎ頭として、テレビ局がアニメとともに期待をかけているのがドラマであり、実際にテレビドラマの制作本数は増加傾向にある。 『ラストマイル』は通常のテレビドラマの続編を映画で展開するというものではなく、同じ世界の中の別の物語を提示するものだった。これは、テレビシリーズを観ていない新規の観客にも入りやすい形だ。ドラマ劇場版もアニメの場合もMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)も同様だが、長く続くシリーズの映画は固定のファンを計算できる一方で、新規の観客を阻んでしまうことがある。その点、『ラストマイル』は新規を拒まず、既存のファンも呼び込める構成になっており、新たなテレビドラマ劇場版のあり方を示したかもしれない。 今後も続く劇場版展開だが、同じことの繰り返しよりも、『ラストマイル』のような新しいやり方や展開が出てくることを期待したい。例えば、テレビドラマの劇場版は国内市場だけでなく、グローバル市場に拡げることはできないか。実写映画のグローバル展開の必要性が叫ばれてきており、国内市場が減少する中でテレビ局も海外市場を必要としている。TBSは、グローバル戦略のために韓国のCJ ENMとドラマ・映画の共同制作すると合意するなど、そのための布石を打ってきている。(※) 韓国の大手と組み、世界的に通用するテレビドラマを作り配信で世界展開、その劇場版を世界で上映できるようになると面白いと筆者は思う。日本市場の特殊性を形成するテレビドラマの劇場版という歴史は、やり方次第では他の国にはない武器になるかもしれない。 ■参考 ※ https://topics.tbs.co.jp/article/detail/?id=20328
杉本穂高