トニー・ブレア英元首相が語る「中東和平への道」【ニューズウィーク誌独占インタビュー】
強いほうが弱いほうを管理。でも、いつまで?永遠に?
──中東和平の2国家解決策にはまだ希望があるのか。また、正しい目標なのか。 正しい目標だと思うが、それなのに実現しない理由を現実的に考える必要があると思う。(イスラエルとパレスチナの)双方の政治が2国家解決策につながる状況になければ、実現はないだろう。 隣り合って暮らしている人たちが対立しているとき、解決策は2つしかない。1つは和平を結ぶことだ。イギリスは北アイルランドでこれを実現した。もう1つは、強いほうが弱いほうを管理すること、抑え付けることだ。でも、いつまで? 永遠に? そう、この2つ目の解決策は永遠には続かない。 だから私は長年、中東諸国を訪問して、「これでは(一方がもう一方を抑え付ける方法では)状況は改善しない。きちんと解決しなくてはいけない」と、多くの指導者たちに訴えてきた。 だが彼らの反応は決まって、「もうパレスチナ問題について話しに来るのはやめてくれ」というものだった。「あまりにも(解決が)困難だ。われわれにはほかにやることがある」と言うのだ。 だが、私は引き下がらなかった。「これは本当に重要なことだ。(パレスチナ問題は)この地域のさまざまな問題の原因ではなく、この地域で問題を起こしたい連中が、もっと多くの問題を起こすために利用しているにすぎないのだから」と。 この問題を解決するためには、イスラエルの人々が自分たちと隣り合って暮らしている人々を文化的に受け入れるしかない。彼らは今そうしているだろうか。 いや、イスラエル人とパレスチナ人の間には大きな断絶がある。イスラエル人はパレスチナ人を信用せず、パレスチナ人はイスラエル人を信頼していない。そのため、パレスチナ人は喪失感や屈辱感や怒りを抱き、イスラエル人は相手が自分たちを破滅させたがっていると感じている。 その結果、国境の線引きをめぐる交渉が泥沼化する。こうした状況は全て、双方が実際に受容し合っていると感じる環境をつくり出せば解決しやすくなるだろう。だが、そういう環境がなければ、これらの合意は決して長続きしないだろう。 北アイルランドのケースでは、(プロテスタントでイギリス連邦との統一維持を支持する)ユニオニストに、イギリスにとどまるならカトリック系住民も対等に扱うことを最終的に受け入れさせた。それがユニオニスト側の大きな譲歩だった。 一方、(カトリックで強硬なアイルランド統一派の)リパブリカンと(アイルランドへの統合を望む)ナショナリスト側の大きな譲歩は、北アイルランドの住民投票で過半数がイギリスからの独立を選択しない限り、北アイルランドはイギリスにとどまるというものだった。 さらに、この2点を軸に恒久的停戦状態で交渉を続けることでも合意した結果、暴力がなくなった。それでムードが大幅に改善したのは言うまでもない。合意に達することは不可能ではないのだ。 実際、国際社会のほとんどの人々は「2国家共存」が正しい解決策だと少なくとも考えてはいる。つまり、合意済みの目標はある。問題は、2国家解決策が可能だとイスラエルとパレスチナ、それに中東が考える環境をどうつくり出すかだ。それにはまずガザから着手しなければならないだろう。 ガザでの戦争を止める必要があり、戦争を止めるにはイスラエルがガザを統治すべきではなく、ハマスがガザを統治すべきでもない、と合意する以外にない。 もちろんアメリカは合意する。だが当事者(イスラエルとパレスチナ)は合意しそうにない。それでもいずれは合意すると思う。合意した場合、次に取るべきステップは何か。 欧米あるいは当事者の次なるステップとして望ましいものの1つは、合意後に誰がガザを統治するかについて計画を策定し、人質を解放すること。そして、(ガザ住民の)状況(改善)に取り組む。私はイスラエルを強く支持しているが、ガザの人々が置かれている状況は明らかに絶望的で違法だ。そうした状況を終わらせなければならない。 ──アメリカは影響力にものをいわせてイスラエルに圧力をかけるべきだと思うか? そう思うが、単にイスラエルに圧力をかければ済む問題ではない。双方がフェアだと思える計画が必要だ。計画ができたら、どうすれば適切な「処方箋」を作れるか考えられる。 アメリカは自ら望めばこれらのことができる影響力を常に持っている。私が不思議に思うのは、アメリカが妙に自信を失っていることだ。アメリカはこの数年で危機を乗り越えてきたと思うし、間違いなく世界一の強国だ。問題はその力をどう使うかだけだ。 アメリカの軍隊は世界でも群を抜いて最大かつ最良で、経済は最も回復力がある。天然ガス産出量は世界最大、主要なIT企業は全てアメリカの企業だ。 アメリカは大変な強国だ。どの国も遠く及ばない。 打開策はあると私は確信している。(暫定自治に代わる)案がなければ──イスラエルもハマスもガザを統治すべきではないので──ガザは完全な無政府状態に陥り、そうなったら非常にまずいだろう。 ──イスラエルがイランの代理勢力を弱体化させている結果、世界はその目標に近づくと思うか。 中東の情勢不安はイランの活動に起因している。私の考えでは、それについては疑いの余地がない。イランの国民は私たちにとって問題ではない。イランは偉大な文明国であり、素晴らしい才能を持つ人々もいる。アメリカやイギリスに渡って偉業を成し遂げている人も多い。 だがイランは革命を輸出すべきだと信じ、そのために代理勢力を利用している。レバノンをヒズボラから解放する必要がある。 つまり突破口が必要で、だからこそサウジアラビアとイスラエルとアメリカの交渉再開が非常に重要なのだ。交渉再開はイラン側の勢力に抵抗できるという自信につながる。結局、彼ら(イラン側の勢力)の狙いはイスラエル壊滅だ。しかし、それは実現不可能なので、絶えず紛争状態を生み出そうとしているのだ。 だから私は、欧米の進歩的左派の一部が、パレスチナ支持を主張しながら実際はイスラム主義のイデオロギーの影響を色濃く受けている人々と手を組んでいるのを見ると警戒する。そんなイデオロギーには進歩的なところなど全くない。それどころか女性を抑圧し、宗教法にのっとった司法制度が必要だと主張する。そんな暮らしを誰が望むだろう。 ──イランの核兵器獲得はどのくらい危険だと思うか。 イランは核兵器を獲得するべきではない。核兵器獲得を確実に阻止するためにアメリカやイスラエルが何をするべきかは明らかだ。イランの核兵器獲得は世界にとって非常に危険で、中東での核軍拡競争に火を付けるだろう。それは確実だ。