「動物園に恩返しがしたい」五代目猫八が乗り越えた12年もの闘病生活と江戸家の芸
◇父の言葉を“親バカ”にしたくない 父が亡くなったあと、先輩の師匠方から「お父さんは君の芸を褒めてたよ」と聞かされたそうだ。しかも一人ではなく、いろんな師匠方に言われたという。 「お客さんや、芸人仲間の師匠方に、“息子が面白いことをやってる、いいチャレンジをしてる”って話してたそうなんです。私が動物園の飼育員さんたちとつながって、今まで江戸家がやってこなかったような鳴きまねをやっていることを、とても評価してくれていたみたいなんです。そんな話を師匠方から聞かされて、驚くやら、恥ずかしいやら、困りましたね(笑)。 これは見方を変えれば“親バカ”ですよ。本来、師匠が弟子を褒めるなんてのはあり得ない世界ですから。それを聞いて私は、“この父の言葉を親バカにしたくない”と思ったんです。自分の芸を磨いて結果を出していけば、親バカではなく事実になる。それから、“父が評価してくれていた部分を徹底的に伸ばしていこう”と思ったんです。 花形演芸会の大賞をいただいたとき、審査員の総評が“江戸家代々の伝統を守りつつ、新しい江戸家の可能性を見せてくれている”。まさに父が言ってくれていた部分で評価してもらえたんです。これはうれしかったですね」 父以外に言われたことで印象に残っている言葉を聞いたところ、2021年に亡くなった人間国宝・柳家小三治師匠とのエピソードを話してくれた。 「お正月の興行時、小三治師匠と前後の出番によくなっていたんです。ある日、私が高座を終えたら小三治師匠に呼ばれたんですよ。それで近寄っていったら、私の首の後ろのあたりをポンポンと叩いて、“ここの力を抜きなさい”って言われたんです。その言葉を言われてから、“力を抜くこと”を一時期とても意識しました。今は意識せずに力が抜けるようになったと思います。その小三治師匠の一言は転機になりました」 ◇客観視することによって磨かれた喋りの技術 猫八の魅力は鳴きまねだけではなく、先ほども出てきた「寄席にはいないタイプの真面目な感じの喋り」にもある。この喋りについて聞くと、ターニングポイントが二つあったという。 「ひとつは、各地動物園とのご縁ですね。仲の良い飼育員の皆さんから上手に喋るコツを話してほしいというお願いをされたことです。飼育員たちもお客さんに説明したりしますから。そこで、自分が舞台でやってることを客観視して、説明できるように言語化したんです。そうすることで、自分の中でも整理がついて、喋りに磨きがかかったように感じました。 もうひとつは、ツイッター(現・X)のスペースを始めたことですね。猫八襲名を盛り上げる目的で挑戦しました。もともと考えながら喋るのは得意な方ですが、それでも最初は簡単な箇条書きの台本を作って喋ってました。それを繰り返していくうちに、徐々に箇条書きが減っていって、今では何のテキストも用意することなくその場の閃きだけですらすらと。 これが自分が思った以上に、考えながら喋る最高の訓練になりました。今は舞台で喋っていても冷静に喋れている感覚がありますね。いまだにスペースは続けてます」 コンプレックスに感じていた自分の喋り。それを、猫八は強みに変えてお客さんを楽しませている。この喋りにかかると、テナガザルやアルパカなど、聞いたことのない動物の鳴きまねを聞いても必ず笑ってしまう。 「飼育員さんへのアドバイスとしてもよく話すんですが、誰か喋りの上手い人のまねするのもいいけど、自分の喋りをそっちに寄せちゃうのはもったいない。むしろ、せっかく積み上げてきた自分の喋り方があるのだから、それを磨いたほうが時間はかかるけど、魅力的なものになると思います。 そうやって少し偉そうに飼育員の皆さんに話すんですけど、それを私に教えてくれたのは、さっきお話ししたようにお客さんなんです。感謝してます」 最後に、今後の展望を聞くと「少しずつ自分の真面目なスタイルを崩していきたい」と意外な答えが返ってきた。 「今、徐々に崩していってる最中です。50代なのか、60代なのか、今の自分らしさも残しつつ、もっと力を抜きたいですね。根幹にある真面目さは本質として、枝葉のところを崩していくと、子どもの頃のお茶目な自分も出てくるんじゃないかと思うんです。人前で平気で踊っちゃうような子でしたからね。そこまでの変化はしませんが(笑)、今後どう変わっていくか。楽しみにしててください。 それから、猫八襲名を機に、和服で座りの高座をやるようになりました。普段は洋服の立ち高座ですが、これからは洋装と和装の両軸でやっていきたいです。落語家が二席、私が洋装と和装で一席ずつ、という二人会にもチャレンジしてみたいですね」 芸事とは別に、動物園のためになる活動も活発に取り組んでいきたいという。 「動物園に対して、恩返しをしたいっていう気持ちがすごく強いです。私の芸があるのは、本当に動物園のおかげなので。芸人だからこその代弁者として、動物園が伝えたいことを私が伝えていけたらいいなと思います。 それから、動物へ興味のきっかけを作るのに、この江戸家の芸はすごく優れてるんですよ。私のやっている芸を聞いていただければ、“この動物はこんな声で鳴くんだ、見てみたいな”というお客さんが必ずいらっしゃる。 専門的な知識を持っている人はたくさんいるので、私は興味を持つきっかけとなる「はじめの一歩」の役割をしたいんです。動物園のシンポジウムなんかで、和やかに笑いを取りながら、動物園の人たちが本当に伝えたいメッセージをコーディネートしてみたい。それが私にできる猫の恩返しです」 (取材:山崎 淳)
NewsCrunch編集部