「なぜ流行を知っている人はイケているのか?」 壮大な謎に挑んだ"鈍器本"の著者にせまる
――それって成金じゃ......。 マークス そうかもしれません。でも、日本にいると見えにくいかもしれないけど、世界は変わったんです。僕がハーバード大学の学部を卒業した頃は、金融業界に行く学生は30代で年収1億円くらいを夢見ていましたが、今の若いエリートの感覚だとそんな収入では恥ずかしい。 フェイスブックを立ち上げて億万長者になったマーク・ザッカーバーグが出てきてからは「起業して何十億も稼がないとクールじゃない」という雰囲気になっています。 日本だって同じですよ。東大を出て官僚になったり伝統的な日本企業に就職するより、グーグルに入ったり起業したりして伝統的なエリートの何倍も稼いで虎ノ門ヒルズに住むほうがずっとクールだと若者は思っています。 逆に、教養を武器にする昔ながらの文化的エリートには全然存在感がない。今のステイタスは文化じゃなくてお金なんです。 ――でも、マークスさんはそれでいいんですか? マークス いいえ、まったくそうは思いません。こんなに分厚い本を書いた動機のひとつはそれです。お金ばかりがステイタスになっていて、金持ちじゃないとステイタスの競争に参加できない今のアメリカがいい国だとは思えないんですね。 何千万円もする超高級腕時計とか、アート性がゼロのポップスばかりヒットさせて大金持ちになっているミュージシャンとか、あんなものは文化と呼ぶに値しないですよ。 だから私は、文化資本の価値を復活させるべきだと思う。そしてそのためには、お金は稼げているけれど文化的にはダサいものに対して、ちゃんと「ダサい」と言うことが大事だと思いますね。 ダサいものにダサいと言い続けていれば、やがてそれがステイタス&カルチャーを変えていくはずですから。 ●デーヴィッド・マークス(W. David Marx)1978年生まれ、アメリカ出身。東京在住。2001年、ハーバード大学東洋学部卒業。2006年、慶應義塾大学大学院修士課程修了。日本の音楽、ファッション、アートについて『THE NEW YORKER』『POPEYE』『The New Republic』などで執筆。著書に『AMETORA――日本がアメリカンスタイルを救った物語』(DU BOOKS)がある ■『STATUS AND CULTURE 文化をかたちづくる〈ステイタス〉の力学―感性・慣習・流行はいかに生まれるか?』デーヴィッド・マークス 著、黒木章人 訳筑摩書房 3630円(税込)ページ数は500ページ超、参考文献リストも80ページあるという鈍器本。しかしそこで説かれていることは、極めてシンプルだ。ひとつは「なぜ時間が経過すると流行は変化するのか」、そしてもうひとつは「なぜ流行はステイタスに結びつくのか」である。社会学、歴史学、人類学、経済学など分野横断的な知見を総動員して、この壮大な謎に挑む。もともとは英語で書かれた訳書だが、ガングロなど日本の例も出てくる 取材・文/佐藤 喬