夢の「パピコ2本食い」 異色の新体験生んだ“無駄づくり”、グリコの先見
2024年夏、江崎グリコのアイス「パピコ」を2本同時に食べられる「パピコWストロー」が大きな話題を呼んだ。発案したのは、“無駄づくり”をテーマにした動画を発信している藤原麻里菜氏。発売から50年というロングセラーアイスの楽しみ方を大きく変えたこのグッズは、どのようにして生まれたのか。 【関連画像】「パピコWストロー」の原型を考案した藤原麻里菜氏。役に立っても立たなくてもいい、無駄なものづくり“無駄づくり”を追求している(撮影/志田彩香) 「パピコWストロー」は2本1セットのパピコを本体にセットすることで、1人で2本のパピコを同時に食べられるグッズだ。 江崎グリコは2024年7月10日から、パピコ2個購入につき1個を配布するキャンペーンを約400店舗のスーパー(北海道・九州・沖縄を除く)などで実施し、約3万個を配布した。 同キャンペーンが話題になった大きな要因は、「2本を一度に食べられる」という新しさに加え、「いろんな味のパピコを組み合わせて自分だけの組み合わせを見つける」という楽しみ方にある。 パピコは「チョココーヒー」をはじめ、「ホワイトサワー」「マスカットオブアレキサンドリア」などの定番を含めて数種類のラインアップが常時あり、SNSでは「キウイとホワイトサワーはいい感じ」「〇〇と××はダメだった」などの感想が多数投稿され、盛り上がった。 ●原型は“無駄づくり”から このグッズの原型が初めて登場したのは16年4月。「オンライン飲み会緊急脱出マシーン」「キス目覚まし時計」「全自動『あーん』マシーン」など、頭の中に浮かんだ不必要なものをつくり上げる“無駄づくり”を主な活動とする藤原麻里菜氏のYouTubeチャンネルが発信源だった。 「2人で食べることを前提にした形状に疑問を感じ、友達や恋人がいなくても一人でもパピコが食べられるようにしたかった」という藤原氏が、「1人でもパピコが食べられるマウント」として発表した。 すると意外にも、「無駄ではないし、むしろ欲しい」といったコメントが多く寄せられたという。20年4月には、吉岡里帆が出演するパピコのCMに採用され、そこから4年の時をへて、“本家”とタッグを組んでグッズ化に取り組むことになった。 「自分の頭の中から生まれたものが、企業で公式に使ってもらえることがうれしかった」と藤原氏は語る。 実は藤原氏が自身の動画のために3D(3次元)プリンターで制作したグッズは、2つつながったパピコを切り離さないまま装着する構造だったため、異なる種類の味をミックスすることは想定していなかった。「味のミックス」はグリコとのグッズ開発の過程で出てきたアイデアだという。 「自分では思いつかなかったけど、サンプルをもらっていろいろ試してみて、ミックスすることで新しい味が生まれることに驚いたし、感動した。いろんな人に自由に楽しんでもらえるものができてよかった」(藤原氏) ●無駄づくりで目指す“公園の遊具” だが、これだけ好評だと、「“無駄でくだらない物をつくる”という本来の目的においてはむしろ失敗では?」という疑問も浮かぶ。しかし藤原氏は、そもそも成功や失敗という結果を求めてはいないと語る。 「私自身は本当に不器用で、きちんとした物をつくれないタイプ。でも変な発想で不器用なりに頑張って何かをつくったり、それを楽しんでいる姿を見せたりすることで、『自分も何かできそう』と一歩踏み出すきっかけになればいいなと思っている」(藤原氏) 藤原氏が無駄づくりで目指しているのは“公園の遊具”。ブランコのように、ただ座ってもいいし、のんびり揺らしてもいいし、こいで大きく動かしてもいい。乗らずにただ押しているだけでも、使わずにただそこにあるだけでもうれしい。 「すべての物に役割があるという考え方が一般的だと思うが、役に立ってもいいし役に立たなくてもいいという存在が自分の理想。余白を残し、使い方を委ねることで、新しいアイデアが生まれやすい環境をつくることができる」(藤原氏) こうした考え方は、藤原氏が高校卒業後にお笑い芸人を目指してNSC(吉本総合芸能学院)に入り、よしもとクリエイティブ・エージェンシーに所属して芸人として活動していた経歴が深く関わっている。 芸人時代、お笑いという形はしっくりきたが、自分がやりたいことは舞台でネタを披露することではないと気がついた藤原氏は、子供の頃から好きだったものづくりをテーマとしたYouTubeに活路を見いだしていく。 ●異なる世界観の、奇妙な一致 藤原氏のX(旧Twitter)のフォロワーは約31万人。無駄づくりという一見意味がなさそうに見える活動にこれほど多くのファンがついている理由の一つが、動画が醸し出す独特の世界観だ。 PCの接続が悪くて画面が固まってしまったためにオンライン飲み会から離脱せざるを得ない状況をつくり出せる「オンライン飲み会緊急脱出マシーン」、バーベキューに誘われない無念を晴らせるよう、Xで「バーベキュー」が含まれる投稿があるとわら人形に釘が打ちつけられる「呪いの藁人形デバイス」など、「いったい自分は何を見せられているのだろう」と見る側が考えてしまう動画ばかり。 ファンは藤原氏が日常に潜む“陰”の感情を逆手に取ってつくり出す、どう捉えてよいか分からない「余白」も含めた体験を楽しんでいるといえる。 一方パピコは、家族や友達とシェアして食べるコミュニケーションツールを目指した、まさに“陽”の象徴のような商品。藤原氏とグリコの出合いは、本来交わるはずのなかった陰と陽の世界観や体験がなぜか奇跡的に融合した稀有な例といえるかもしれない。 【藤原 麻里菜(ふじわら まりな)氏】 1993年生まれ。コンテンツクリエイター、文筆家。株式会社無駄代表取締役社長。2013年からYouTubeチャンネル「無駄づくり」を開始。現在に至るまで200個以上の不必要なものを作る。16年、Google主催「YouTubeNextUp」に入賞。2021年、Forbes Japanが選ぶ「30 UNDER 30 JAPAN」(日本発「世界を変える30歳未満」30人)に選出された ●グッズ配布は顧客と直接コミュニケーションできる手段として強力 ――「パピコWストロー」より前にもパピコのグッズ企画はあった? 江崎グリコ 伊藤将太氏(以下、伊藤) 藤原さんの作品ではありませんが、2020~21年に、ちょうどいい軟らかさに溶かせる「パピこたつ」を、24年7月には、手を濡らさずに食べられる「パピコのサマーセーター」(MAISON SPECIAL限定コラボデザイン)が当たるキャンペーンを実施しています。 ――なぜ藤原さんの作品に着目した? 江崎グリコ 小林正典氏(以下、小林) 発表直後から「こういうグッズがある」とお客様からの声が寄せられていました。またプロモーション会社や景品類を作る担当部署、営業部署のメンバーたちからも「こういうグッズがあったらお客様は絶対に楽しんでくれるよね」という声があって、かなり以前から口頭レベルではアイデアはありました。 伊藤 オリジナルグッズの配布は割高なプロモーションにはなりますが、グッズを媒介にしてお客様の行動を変えられて、直接的にコミュニケーションできる手段として強力であるということから、配布キャンペーン実施に至りました。 ――味ミックスのアイデアはどこから? 伊藤 パピコは味の種類が多いので、以前から社内ではミックスする楽しみ方を訴求していました。器に絞り出してミックスしてフローズンドリンクとして楽しむ訴求は今も継続していますが、チューブに入っているためアレンジはしにくく、どちらかというとそのまま味わう楽しみ方がベースになっています。 ――なぜこのネーミングに? 伊藤 お客様が売り場で商品を見る時間は1商品につき1~3秒くらいなので、直感的に何をするグッズなのか分かってもらえないといけない。いろいろなネーミングが出ましたが、2本で吸うことが伝わりやすい「Wストロー」にしました。 ――SNSでどのように話題になっていった? 伊藤 藤原さんのXアカウントに元々31万人以上のフォロワーがいらっしゃるので、藤原さんに投稿していただいたことで拡散できました。ほぼ同じタイミングで一般の方が「店頭で見つけた」というコメントを投稿してくださって、数日で1000万以上インプレッションがつきました。SNSですごく盛り上がったことでメディアでも多く取り上げていただけました。 ――顧客や取引先からの反応は? 小林 お客様からは「楽しい」という感想がやはり一番多い印象です。 伊藤 アイスは季節要因が大きいのでこれによる売り上げ効果は測りにくいですが、取引先の上層部からも「非常に良い取り組みだった」という評価をいただいたと聞いています。 来店していただいたお客様に面白いと感じていただけた施策であることが評価されたと考えています。
桑原 恵美子