「取材ノートから2024」新体操鈴木歩佳が現役を続ける理由
2024年のスポーツ界を、日刊スポーツの記者が取材をもとに振り返る連載「取材ノートから2024」。夏季五輪としては2大会ぶりの有観客開催となったパリ大会。日本選手団の活躍の歓喜は、冬のいまは早くも懐かしさもまとうが、その舞台に立つことがかなわなかった選手も多くいた。新体操日本代表「フェアリージャパンPOLA」で主将を務める鈴木歩佳(ミキハウス)もその1人。25歳で競技では大ベテランの年齢の本人自身も引退を自然な流れと決断する中で、異例とも言える現役続行を決め、冬の鍛錬期を迎えている。その決断の背景を聞いた。【取材・構成=阿部健吾】 ◇ ◇ ◇ 観戦者として向き合ったオリンピックが気づかせてくれたことがあった。 「フェアリージャパンPOLA」主将の鈴木は今夏、現役続行を決意し、「つらくて苦しい」という競技の世界で生き続ける事を決めた。年齢的にはすでにベテランに属し、本人も「辞めると気持ちを固めていた」。なぜ、反対の結論に至ったのか。 「パリでの演技を見ていて、成績がたとえ良くなくても、目標にするために頑張っている姿だけでも、本当に格好いいなって思えたんですよね」 5月のアジア選手権でパリ五輪の枠取りに敗れ、日本は競技が採用された1984年ロサンゼルス大会から続けてきた連続出場が途切れた。その責任も背負い込み、失望感に引退を決意していた。5月に演技を披露する機会を終えると、岐阜県の実家へ帰省した。「新体操と全く関わらずに、本当に好きな時間に寝たり起きたり。本当に何もやらずに、ダラダラ過ごすだけで」。空虚感が募る。次第に、距離を置いたからこそ、近すぎてわからなかった新体操への思いにも気づいた。「やっぱり好きだな」の本音に、「この3年間でチーム力はすごく上がってきた。私が抜けたら、またイチからやり直しになる」と後輩たちの姿も脳裏に大きくなっていった。 変化の帰結まで1カ月半、現役続行を決めた。夏に都内の練習拠点に戻り、またメンバーと寝食を共にする生活が始まった。最中に、パリ大会の開幕があった。 「見ようか、迷ったんですけど」。結論は「皆で見る」。五輪経験がない選手ばかり。映像を通じても、一緒に見ることで伝わる事もあると動画配信の再生ボタンを押した。はじめは比較が頭を占めた。「もしここにいたら、どういう評価だったのかな。やりきれていたらメダル取れていたのかな」。届かなかった悔恨を紛らわすように、たらればが先に立った。「でも、段々、純粋に感動していって」。 同時に、現役続行を決めるまでの日々が、思い返された。「何もしてないし、何もない自分が嫌になった。何も頑張っていない、目標もない、やりたいこともない自分が嫌だなって。頑張る姿だけでも格好いいな」と心の底から確信できた。 3年前。母国開催の東京大会に臨んだチームは、表彰台に手が届きそうな位置にいた。その中で器用さと物おじしない性格を買われ、キーマンとなる手具の投げ役に抜てきされていたのが鈴木だった。結果は団体総合8位。無観客のもの静かな会場に、むせび泣く声がむなしく響いていた。直前にメンバーを外れたリオデジャネイロ大会に続く過酷な現実に、「五輪は正直、怖い。そのイメージがいまも強い」という。2大会続いた負のイメージに、何より結果がそれまでの全てを否定していると感じていた。そして、パリの落選。 ただ、見る側に回ったからこそ、新たな感情を見つけることができた。「競技への向き合い方も変わっていけそうです。結果だけじゃない過程の部分にもちゃんと向き合える自分でいたい。そっちに目を向けた方が必然的にうまくいく気もするんです」と目を見開く。「辛いことも絶対あるし、勝てない時期とかも絶対に来ると思うんですけど、それも全部自分たちの中で楽しんでやれたら、もっと大きな価値になる気がするんです」と予感もある。 やるからには4年後のロサンゼルス大会も視野にいれるが、ひとまずは「1年、1年」と念じる。その時間の中にも、新たな気づきを求めていく。 筆者は東京大会で演技を終えた代表選手たちの真っ赤な目を見て、生活を全てささげてきた末の結果に、何を書けるのか混迷した。歩んだ道を肯定できる何かを彼女たちが見つけることはできるのか。オセロのように、五輪の結果で全てが黒い駒に反転してしまうような、そこに彼女たち自身も疑問を挟む余地がないような環境が、息苦しくも感じていた。「私、喜怒哀楽が激しい方で。何もしない事はゆっくりできるから、楽なんですけど、楽な人生って、あんまり好きじゃないんだなって。いろいろ辛いことを乗り越えた方が、絶対にためになるなというのは、すごく思いました」。辞めるのではなく、過程を継続していく。その中で絶対的な白い駒を、どんな結果であろうとひっくり返されない駒を探していってほしい。