藤井聡太を「254日天下」で終わらせた伊藤匠新叡王の「ありえない少年時代」
藤井を泣かせた男
「何度も対戦しましたが、たっくんは小学生の頃から受けが強かった。彼の特徴というか、持ち味が、今回の対局だけではなく全5局を通じていかんなく発揮されたと思います。それにしても、いつかタイトルを取ると思っていましたが、これほど早いとは」 【写真】藤井聡太が昼に食べると「全勝」する、意外すぎる食べ物…! 幼なじみの快挙に喜びつつも驚きを隠せないのは、早稲田大学法学部4年生の川島滉生さんだ。 藤井聡太(21歳)、伊藤匠(21歳)という同学年の天才2人が戦う将棋の叡王戦5番勝負。注目の第5局が6月20日に行われ、挑戦者の伊藤七段が藤井叡王を下し、対戦成績を3勝2敗として叡王のタイトルを獲得した。 「絶対王者」藤井にとって初めての失冠。全タイトルを独占する八冠時代は254日で終わり、「1強時代が終わり、同学年の2人がタイトルを競い合う」という新時代の到来を予感させた。 両者の関係性を語るとき、必ず取り上げられる有名なエピソードがある。2012年1月に行われた小学館学年誌杯争奪全国小学生将棋大会の3年生の部。この大会の準決勝で藤井少年は伊藤少年に敗北して号泣し、悔しさからトイレの個室に一時立てこもったというものだ。 幼き日の因縁ゆえ、伊藤はこれまで「藤井聡太を泣かせた男」と紹介されてきた。だが、このエピソードには、じつはもう一人、登場人物がいる。同大会で天才少年2人を抑えて優勝した川島さんだ。 冒頭の言葉の通り、川島さんはかつて伊藤と同じ将棋クラブでしのぎを削っていた。幼なじみにしてライバルだった川島さんが、伊藤新叡王の「天才少年ぶり」を明かす――。
桁違いの熱量
出会いは小学1年生の夏前。川島さんは強い相手を求め、『すごい子どもがたくさんいる』と評判だった『三軒茶屋将棋倶楽部』に通うことにした。その教室にいたのが、たっくんこと現在の伊藤だ。 「同じ1年生ということで対局することになりましたが、見事に鼻をへし折られました。まさに次元の違う強さでした。惨敗した後も挑み続けましたが、それこそ30連敗しました」 「たっくん」「こーせー」と呼び合い、家族ぐるみの親しい間柄ではあったが、川島さんは「一般的な友だちとは違った」と振り返る。 「振り返ると、将棋の会話以外したことがありません。お互いの家族を含めて一緒に食事をする機会もありましたが、そんなときでも2人でひたすら将棋を指していました。本当に仲がいいのか、よくわからないくらいでした(笑)」 伊藤に対し、川島さんは「なんだ、この子は。バケモノか」と畏れを感じることもあった。 「根本的な頭の良さがズバ抜けていました。まず記憶力が異次元。羽生(善治)先生と渡辺(明)先生の竜王戦だったと思いますが、6、7歳という年齢でタイトル戦の将棋をすべて正確に覚えていて衝撃を受けました。 図鑑を丸暗記していたことや、公文に通っていたからなのか、計算など処理能力が異常に早かったことも印象に残っています。子どもながらにそもそも頭の構造が違うんだなと思ったものです。彼のお父さんは弁護士。そのDNAもあったのかもしれません」 頭の良さに加え、子どもとは思えない集中力や将棋への熱量にも驚かされた。 「どこがバケモノだったのか。一番は集中力です。小学生であれば対局中によそ見をするようなこともありますが、彼にはそうしたことが一度もなかった。1年生の頃からです。 集中力に加えて、将棋にかける情熱の部分もケタ違いでした。たっくんの自宅に泊まったとき、彼は夕食前のわずか5分の時間でも棋譜を並べていました。ゲームなど子どもが興味を示すようなことは経験していないはずです。 リビングにあった本棚は将棋の本ばかりでした。生活に必要な時間以外はすべて将棋に捧げていた印象です。もちろん才能もすごいのですが、とんでもない努力をしているのだと目のあたりにして、『そりゃかなわないな』と思いました」