DNAを組み立てれば、生命はつくることができるのか。生命活動の発動スイッチはどこに
その微生物は生命なのか?
――100年も1000年も分裂せずにDNAを修復しているだけとなると、それで「生命」と呼べるのかどうかという疑問も出てきてしまいますが……。 そうなんですよ。いまのところ、「自己複製する」ことが生物の条件のひとつとされていますが、もしかしたら永遠に分裂することなく生き続ける微生物もいるかもしれません。それを「生命」と呼べるのかどうか、よくわかりませんよね。 それに、僕たちが見ているのは海底下にあるDNAにすぎません。いわゆる「環境DNA」もそうですよね。海や川や土壌などの環境中に存在するDNAを解析することで、そこに生息する生物の種類や生物量を知ることができると考えているわけです。 つまりDNAがあれば生物だと見なしているのですが、それだけでは必ずしも「生きている」とは言えないんです。DNAだけが分解されずに残っているということもあり得ますからね。 ちなみに、僕たちの研究では、海底下の泥にいる微生物だけでなく、真核生物のDNAも分析しています。すると、珪藻や渦鞭毛藻などの藻類や陸上の植物など、海底下には存在しないであろう生物のDNAもたくさん出てくるんですよ。 ですから、DNAだけを見て「ここで生きている」と判断するのはそう簡単なことではありません。微生物か多細胞生物かはDNAの配列を見れば区別できますが、バクテリアやアーキアのDNAを見ただけでは、昔からそこで生きているのかどうかはわかりません。
生命活動を始めるスイッチはどこに
――細胞のまま検出しないとわからないということですか? たとえ細胞が検出されても、難しいですね。化石みたいになっているものかもしれないし、胞子をつくる微生物もいます。それらが生きていて、いずれ復活するかどうかは、観察してもわからないんです。 微生物が生きているかどうかを見分けるには、DNAよりもRNAのほうが役に立ちます。たとえばメタンをつくる微生物がアクティブに生きていると、そのメタンをつくるための酵素のもとになるRNAが発現したりするので、生きていることを示す強い証拠になるんですね。でも、DNAさえ海底下には少なくて検出が難しいので、分解されやすいRNAを検出するのは至難の業です。 ――こうしてお話をうかがっていると、「生きている」という現象は奥が深いと思わされます。DNA自体はいわば「物質」なので、生命そのものではないということですよね。 そうなんです。DNA自体は合成できますからね。合成したDNAと部品を集めて人工的に細胞をつくったとしても、どうすればそれが生物として動き出すのかわかりません。ただの物質に、一体どういうスイッチを入れると「生命」と呼べるものになるのか。 海底下の微生物も同じで、DNAと細胞の部品が揃っていたとしても、それを地上に連れて来たときに動くかどうかはわからないですよね。とくに僕自身が興味を持っているのは、海底下の深い場所にいる微生物が地上の環境で生きられるかどうかです。 というのも、海底下の微生物は、深いところに行くほどゲノムのサイズが減っていく傾向があると言われています。深いところほど栄養源が少なくなるので、余計なものを削ぎ落とすことによって、その環境に適応しているのかも知れません。 そういう場所は、環境がほとんど変化しません。安定した環境の中で、DNAを修復できる程度のギリギリの栄養を得ながら暮らしているわけです。そんな環境で生き残ることに特化したゲノム構造になっているとすると、栄養源の豊富な環境では逆に生きられないかもしれません。そこで生きるのに必要な遺伝子が失われている可能性があるんです。