ハマス最高幹部を殺害したイスラエル、だが肝心の人質解放は「米大統領選の後」になりそうな根拠
(塚田俊三:立命館アジア太平洋大学研究フェロー) 10月17日、イスラエルのネタニヤフ首相は、ハマスの最高幹部であるシンワール氏を殺害したと発表した。シンワール氏は、昨年10月7日の対イスラエル奇襲作戦の首謀者であり、イスラエル軍はその行方を長らく追っていた。 【写真】イスラエル軍が発表した、ハマスの最高指導者シンワール氏を殺害する直前にドローンで撮影したとする映像。破れた窓からドローンが潜伏先の部屋に侵入すると、ソファーに座っていたシンワール氏とされる人物は長い棒状のものを投げつけ抵抗した 同氏の殺害によって、ハマスが拘束する人質の解放を核とする停戦交渉は大きく進展するのではないか、という期待が急速に高まっている。バイデン大統領も、訪問先のドイツで「今こそハマスとの戦いを終わらせ、人質を解放すべき時だ」と述べ、ブリンケン国務長官をイスラエルに派遣した。 ■ 早期解決の困難性 だが、この期待は早期に実現するであろうか? それは極めて疑わしいと言わざるを得ない。 これはいうまでもなく、(1)強硬派に牛耳られている国家安全保障内閣(イスラエル政府の内閣内に設けられた少人数の閣僚から成るInner Cabinetで、外交および国防は全てこのInner Cabinetで決定される)の下では、停戦交渉が妥結する見通しは極めて少なく、(2)また、ネタニヤフ首相は、「もしも停戦に合意すれば連立政権を崩壊させる」とする極右政党“ユダヤの力”の脅しに直面しており、これを無視して停戦に応じれば、自らの地位が危なくなることは十分に承知しており、自己保身に汲々としているネタニヤフ首相がそのようなアクションをとるとは考えられない(ネタニヤフ首相は、現在贈収賄容疑で訴えられており、非常事態である戦争が終結すれば起訴が確定する恐れがある)。 (3)他方、ハマスの方は、シンワール氏の後継者になると目されているハーリド・マシャアル氏が、シンワール氏以上に強硬であると言われており、この面からもイスラエル、ハマス間の停戦合意が成立するとは考え難いからだ。
■ 早期解決を遅らせるもう一つの意外な理由 人質解放が遅れる理由は、中近東サイドだけではなく、米国側にもある。そこには米大統領選が大きくかかわっていると推測せざるを得ない。 バイデンの指示を受けてブリンケン国務長官は、急遽イスラエルを訪れ、10月22日ネタニヤフ首相と会った。その場で、ブリンケンは、シンワール氏の死亡は人質解放に繋がる好機であり、この機会を確実に捉えるべきとしたが、ネタニヤフからは、何らの前向きな返答も得られなかった。その背後には、近時親密度を増している、トランプとの暗黙の合意があるからと推測せざるを得ない。 すれはすなわち、〈ネタニヤフ首相が停戦合意に応じ、人質解放に踏み切ったとしても、それは11月5日の大統領選前には行わない〉とするものである。なんとなれば、アメリカ人を含む人質解放は、民主党政権にとって大きな白星となるからである。 ネタニヤフは、トランプがかつて大統領であった時代に、イスラエル寄りの政策(アメリカ大使館のエルサレムへの移転、アブラハム・アコード締結の仲介等)を大胆に取ってくれたことから、トランプが再度大統領に就くことを強く願っていることは明らかである。 加えて、トランプの義理の息子ジャレッド・クシュナーはユダヤ人であり、トランプのイスラエル政策の知恵袋である(クシュナーはかつてトランプ政権下で上級アドバイザーを務めていた)。 上記の憶測は、全く根拠のないものではなく、1980年の米国大統領選で起きたことを想起すれば、アメリカでは大いに起きうることである。