ハリウッド俳優・渡辺謙の「悪役」へのアプローチ。65歳で初めて挑んだディズニー『ライオン・キング:ムファサ』吹替え秘話【インタビュー】
自分は「ムファサと同じ」だった。未来の世代へ伝えたい思い
渡辺さんが演じるキロスは、後のスカーになる若いライオンのタカに影響を与える。渡辺さん自身も、若い頃に影響を受けた人物がいるという。 私は中学2年の時に父が倒れてリタイアせざるを得なくて、そういう状況もあって、いわゆる反抗期がなかったんですよ。「反抗したい」という対象がいないという感じ。そういう意味では、父に先立たれたムファサと同じなんです。 だから映画界で出会った先輩の俳優たちが父親の代わりをしてくれたという感じがありましたね。例えば、山崎努さんだったり勝新太郎さんだったり。お芝居を通じて彼らにぶつかっていくことで、私に少し欠けていた反抗期の”やり足りなさ”みたいなものを受け止めてもらったという印象があります。 今思えば彼らが、若かった頃の自分に良い影響を与えてくれたなと思います。 現在65歳。日本だけでなく海外でも長らく活躍し、名優として業界を牽引してきた渡辺さん。これからの未来を担う若い世代との共演も増えている。今作で言えば、タカ役を演じるTravis Japanの松田元太さんもその一人だ。 「もっと“チャラいやつだ”と思っていたんだけど、結構ちゃんとしてたんで...びっくりしました」と笑いながらも率直な印象を語る。自身が若い俳優に影響を与える存在となったことについては、次のように捉えている。 私が海外の作品に出始めた頃とは時代も違うし、俳優それぞれのパーソナリティやストロングポイントもまるで違いますから。正解はないですね。それでも、たまたま私が歩んできた道を「フットプリント」(足跡)だと感じてくれていて、歩きやすいと感じるのであれば、「どうぞ自由に歩いていってください」という気持ち。海外に行きたいのなら、どんどん行ったほうがいい。海外進出の方法論なんてものはないから。思いがあるなら自分で最善の道を見つけて、まずはトライするところから始まると思いますね。トライしないと始まることはないですから。 44歳でハリウッドに進出し、55歳でニューヨークで全編英語でのミュージカル公演。その後は病との戦いもあった。壮絶な努力の末に世界に認められた存在となったからこそ、一つ一つの言葉が胸に響く。 オファーをいただける限り、今後も「これは面白い」という作品に携わっていきたい。そのために、需要があり続ける俳優でありたいなと思っています。 『ライオン・キング:ムファサ』は劇場公開中だ期は熟した。満を持して初参加となったディズニー作品は『ライオン・キング』を“完成”させる物語における冷酷なヴィラン。その生き様と唯一無二の存在感をスクリーンで堪能してほしい。(取材・文/小笠原 遥)
小笠原 遥