ハリウッド俳優・渡辺謙の「悪役」へのアプローチ。65歳で初めて挑んだディズニー『ライオン・キング:ムファサ』吹替え秘話【インタビュー】
「ぜひ今見てほしい物語」と訴える理由
ディズニーアニメーション『ライオン・キング』は今年、公開から30周年を迎えた。エルトン・ジョンが手がけた劇中歌「サークル・オブ・ライフ」は代名詞となった。ライオンの親子が紡ぐ物語を一人の視聴者として見ていたという渡辺さんは、自らが出演する側となり、その印象が大きく変わったと話す。 アニメーションを見ていた感想としては、純粋に「かわいらしい」という印象に加えて、動物を媒介して人間社会を映し出している作品という認識でした。ところが今回、自分が出演していざ携わってみると、キャラクターの設定も含めて「本当に結構深いんだなぁ」という印象に変わりましたね。 今の社会は、物凄く大きなマジョリティが世の中を支配するという構造になってしまっているじゃないですか。それが、マイノリティの人々が存在しづらく、生きづらい世の中に繋がっていると思うんです。だからこそ、多くの人にぜひ今見てほしい物語なんです。今の社会構造が巧みにスクリプトに落としこまれているという印象を持ちました。 『ライオン・キング:ムファサ』の話って基本的にマイノリティの話なんですよ。ムファサにしても、タカにしても、自分が演じたキロスも、ラフィキもそう。皆それぞれの理由で群れを外れてしまって、自分たちの理想の場所を目指していく。その過程で彼らの運命が交錯する。マイノリティとして生きているからこそ抱える孤独や疎外感を、どのキャラクターもちゃんと背負っているんです。映画の中で生きる彼らの存在を通して、現代社会に一石を投じる作品にもなっていると思います。 同作では、タカがなぜ後に孤独なヴィラン・スカーとなったのか。その真実が明らかになる。渡辺さん演じるキロスはムファサに恨みを持ち、理想郷を目指すムファサとタカの”兄弟”の行方を執拗に追いかけるという役どころだ。
ヴィラン(悪役)へのアプローチ
初のディズニー作品でヴィランを演じることになった渡辺さん。自身が演じるキロスや自身の悪役へのアプローチについては、次のように話す。 今回は冷酷な敵ライオンですが、これは人間にもキャラクターにも共通していて、ある部分に光が当たっているとき、そこには同時に影ができる。その影があるからこそ、人間も立体的かつ魅力的になる。演じる上では「悪という存在がなぜ、そこに立たざるを得ない状況になったのか」という視点を常に大切にしています。「この役は悪役だ」と過剰に捉えることはしないというか。例えば、主人公と対立する役ではあるけれど、なぜ憎むのか、なぜ恨むのか、なぜ敵対するのか、ちゃんと理由となる立脚点を見出せさえすれば、あとは同じ人間だったりキャラクターなので、「悪役だからあえてこういう表現の仕方や言い方をしよう」という考えはないですね。 キロスというヴィランに命を吹き込むにあたって影響を受けたというのが、字幕版で同役の声を演じる俳優マッツ・ミケルセンの存在だという。 デンマーク出身の俳優で世界で活躍するマッツは『007 カジノ・ロワイヤル』(2006年)の悪役で注目を集め、『偽りなき者』(2012年)でカンヌ国際映画祭最優秀男優賞を受賞。その後は『ローグ・ワン スター・ウォーズ・ストーリー』(2016年)や『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』(2024年)など大作で存在感を放ってきた。 今回のマッツの演技には、とてもポジティブな影響を受けました。特に“距離感”が素晴らしくて。いい意味で無茶苦茶なんですよ。例えば、遠くにいるムファサに向かって普通なら大声で「おい!」と叫んでしまうところが、マッツはあえて耳元で「おい...」と静かにささやいています。その演技によって、一体どこにキロスがいるのか、どこから不気味な声が発せられているのか、見る側に考えさせる。吹替えをするにあたって本当に参考になりました 彼の歌唱もなんというか、まぁ粘っこい。まるで真綿で首を絞めているみたいな。どこか人をおちょくってるような陰湿さがあった。その質感にインスパイアされた上で歌も練習して収録しました。今回のリン=マニュエル ミランダの歌は、普通じゃ考えられないような、聞いたことのない転調があり難しいので、楽しいけど苦労はありましたね。