「今考えているかどうかだけに焦点を当てて授業をする」…神奈川御三家の元・教師が不登校の子に「学び場」をつくった真因
子どもたちが楽しみに通い、夢中になって考える60分
開始時間前に続々と集まってきた子どもたちは、リラックスした様子でじゃれ合っていましたが、時間になるとスクリーンの前に自然に集まり授業が始まります。この日は言葉探しから。 まず、9マスにランダムに並んだ文字列から、意味のある3文字の単語を見つけるゲームです。スクリーンに映った文字をじっと眺め、思い思いに見つけた言葉を出し合う子どもたち。徐々にひらがなの数が増え、難易度が増していきますが、誰かが言葉を発見すると大盛り上がり。 次に、「だるまさんが転んだ」をアレンジしたいす取りゲーム。声を出さずに、全員が自分の名前が書かれたいすを見つけて座れるかを試すアクティビティです。 最後は、カードに書かれた文字を、指定された助詞を使ってつないで、意味の通る文章がいくつできるかを競うワーク。全員が何か言葉を見つけようと真剣に考えます。 子どもたちが考えだした文章に「ギリセーフかな」「えーそんな言葉知らなかった」と応じる先生たち。夢中になって言葉をつなごうとする子どもたちは、終了の時間になっても「あともう1つできそう!考えさせて!」とせがみます。そんな子どもたちの姿から、考えることを心から楽しんでいる様子が伝わってきました。 井本先生が、最初に思考力講座を始めたときのコンセプトは、「自分で考えることがどんどん楽しくなる!」というものだったそうですが、まさに、子どもたちは考えることが楽しくてしょうがない様子で、60分間集中が途切れることはありませんでした。
できる・できないで判断すると、失敗を恐れるようになる
そんな「いもいも」の原点は、井本先生の栄光学園での体験にあります。栄光学園といえば神奈川御三家といわれるトップ校。地頭のよい子たちが集まっている学校です。 教科書に書いてあることを疑うことから始まる文化ではあったものの、生徒たちは、大学入試を突破するために、学んだことを正確に活用して答えを解けるようになることに終始せざるを得ない状況がありました。 「与えられた問題を、すでに誰かが考えた常套手段を暗記して活用して解くだけの勉強を、なんか嘘くさいと感じていた」と井本先生。 決定的だったのは、教師になって4年目から、初めて高1から3年間持ち上がりで担当した生徒たちが、高3になって傾向と対策といった本質とは程遠い学びに終始した結果、現役で東大にどんどん合格していく現実に愕然としたことだ。 井本先生は、それからは「できる・できない、理解している・していないということではなく、今考えているかどうかだけに焦点を当てて授業をすると決意しました。これは今でもまったくぶれていない」と井本先生は言います。 そこから、井本先生の授業は、自分の手持ちではどうすることもできない、解き筋のわからない問いを置き、それに対して先生の解答を出さず、生徒たちの誤答を含めた解答を教材にして、1つの問いに対してのそれぞれの解答を、みんなでシェアし合うような授業デザインに変わりました。 その理由は、「できる・できない」で評価していると、子どもたちは評価されたいために自分で考えることをしなくなるから。本来その子がどう考えているかが大事なのに、できることを目標にした途端、子どもたちは失敗を恐れて自分の考えを封じ込めるようになります。なぜなら、試行錯誤することは失敗をすることだからです。 私はこの話を聞いて、キャロル・S・ドウェック氏のマインドセットの研究を思い出しました。結果重視の声掛けが、子どもたちのやってみようという気持ちに蓋をするのです。