アジアも「IS vs.アルカイダ」宣伝競争の舞台に イスラム過激派のいま
貧困層だけではないテロリスト予備軍
今回の事件でもう一つ注目された点に、実行犯が教育レベルの比較的高い中間層出身者で占められていたことが挙げられます。しかし、テロ組織に貧困層以外が吸収されることは、珍しくありません。2001年の同時多発テロで、旅客機をハイジャックし、世界貿易センタービルに突っ込んだアルカイダの工作員の多くも大学教育を受けており、現場リーダーだったモハメド・アタに至っては、ドイツの大学院に留学した経験もありました。 イスラム過激派は、イスラムの極端な解釈に基づいて、(イスラム世界が世俗化、欧米化するといった)社会の現状を憂い、いわば彼らなりの「世直し」を目指します。一定の知識水準がないと、社会をある視点から把握し、その問題点を「解決」する活動の意義を把握することは困難です。また、そういった活動に参加することは、日常生活に追われていては、やはり困難です。 ISに限らず、イスラム組織が貧困層をリクルートするときは、給与や食糧の提供といった物質的な利益を与えるか、あるいは従わない者を処刑するといった恐怖で縛り上げることが一般的です。これに対して、所得や教育水準が比較的高いにもかかわらずテロ活動に身を投じる者は、イスラム過激派がSNSなどを通じて拡散させるメッセージへの反応として、いわば主体的に参加する傾向が強いといえます。 アジアの新興各国では、経済成長にともなって格差など様々な問題が噴出しており、それらに対する批判が中間層にも広がっています。この状況は、イスラム過激派が浸透しやすい土壌になっているといえます。
アジア各国で勢力を拡大するIS系
一定の教育水準のある中間層出身の若年層の間でIS系が勢力を広げる様相は、バングラデシュに限らず、アジア各国で鮮明になっています。 シリアやイラクでは、有志連合やロシアなどによる空爆や、イラク軍など現地勢力による攻撃で、ISが支配地域を縮小させています。それにともない、ISはリビアなどに活動の拠点を徐々に移していますが、その一方で、外国人戦闘員が本国に戻り始めています。「シリア帰り」と呼ばれるISメンバーは、戦闘経験を積み、人的ネットワークと先鋭化した思想を備えており、彼らが本国に戻ることは、シリアやイラクからテロが拡散することを促します。 このうち、例えばインドネシアでは、2016年1月14日に首都ジャカルタで爆破と銃撃テロが発生し、実行犯5人を含む7人が死亡しました。インドネシア当局は、投獄された後、シリアに渡り、そこからSNSを通じてメッセージを拡散させている過激派バーラン・ナイムを事件の黒幕とみています。 また、フィリピンでは、2016年4月と6月に、ISに忠誠を誓うアブ・サヤフ・グループ(ASG)が、誘拐していたカナダ人を相次いで処刑しました。ASGはもともとアルカイダ系でしたが、フィリピン当局の鎮圧もあって勢力を衰退させ、2000年代以降はもっぱら身代金目的の外国人誘拐を繰り返してきました。しかし、IS台頭後はいち早くこれに支持と忠誠を表明し、アルカイダから「鞍替え」。時流に乗ってISに接近したことは、資金の獲得やブランド化が目的とみられます。 今回の事件でASGは8000万ドル(約89億円)という法外な身代金を要求しており、金銭よりむしろ、カナダ政府を脅し、それが拒絶されると人質の殺害をみせつけることそのものを目的にしたとみられます。つまり、ASGはISとの連携により、商業主義的な誘拐から、イデオロギー的なテロに、その活動をシフトさせたといえます。