世界的な原料高騰が続く中、追い風を受ける日本の商社業界。中でも伊藤忠商事は財閥系以外の総合商社として時価総額を大きく伸ばしている。なぜ、伊藤忠は圧倒的な成長を遂げているのか。その答えの一つは、創業以来受け継がれてきた「商人」としての心構えにある。 本連載では、岡藤正広CEOをはじめ経営陣に受け継がれる「商人の言葉」を紐解きながら、伊藤忠商事がいかにして「商人」としての精神を現代に蘇らせ、新たな価値を生み出しているのかを深掘りしていく。 連載第4回となる今回は、岡藤がトップセールスとして名を知られるようになるきっかけとなった出来事について。

「本当のお客さんを探せ」

東京・内幸町にある帝国ホテル（現在の写真）。

稼ぐためにはいい商品、サービスを作るだけではいけない。その商品、サービスの質を判断して、購入を決めている人間は本当は誰なのかを知っておかなくてはならない。 最初は売れない営業パーソンだった岡藤が伝説的な存在になったのは海外生地メーカー代理店の峠に営業のコツを教わったこと。加えて、彼自身のアイデアで紳士服地に世界的ブランドの名前を導入したことだった。 ブランド導入のきっかけとなったのが帝国ホテルの展示会で見たあるシーンだった。 「そもそも、会社にとって本当のお客は維か。もしかすると、本当のお客さんは、目の前の相手ではない場合がある。 僕が若い頃の話です。紳士服の生地を海外から輸入する仕事をしていた時、英國屋というテーラーが東京の帝国ホテルで生地の展示会を開いたことがありました。エージェントの峠さんとふたりで見に行ったわけです。 紳士服の生地だから、会場に来るのは紳士に決まっているだろうと思っていた。ところが、現場に行くと、奥さんや娘さんが大勢いたんです。『お父さんにはこの生地がいいわね』なんてやってた。想像とはまったく違っていた。 その時、気がついた。 『紳士服地の本当のお客さんは女性じゃないか』。 それまで英国製紳士服地のブランドとはハリソンズ、フィンテックスのような硬い名前ばっかりだった。僕は紳士服の生地に『イヴ·サンローランが選んだ生地』と銘打って、女性なら誰でも知っているフランスのブランド名を入れたんですわ。 つまり、紳士服地の買う買わないを決めていたのはお父さんたちではなく、奥さん、娘さんだった。これはあの時、現場に行かなければずっと分からなかった」 紳士服地に女性向け高級ブランドのネームを入れたのは岡藤が世界で初めてやったことだ。岡藤は本当のお客さんである女性が欲しがるブランド名にしたのである。 本当のお客さんは誰かを考えるのは大切だ。それは自分の仕事を見つめ、仕事を考え直すことにつながる。本当のお客さんを探すことは新しい仕事へのチャレンジでもある。