写真家たちは強大な権力の抑圧にどう抗ったのか。バルト三国の写真家に焦点を当てる展覧会をレポート
ソ連統治下のエストニアで「パンク」を写したアルノ・サール
何の情報もなく見ると、1980年代のリバプールやニューヨークで撮られたと勘違いしそうになる写真群。実際にはソ連統治下のエストニアで撮影された作品だ。 皆が同じ服装をして同じ行動をするよう統一されていたソ連統治の時代、周りと違うことをする人は抑圧の対象になっており、KGBなどの組織だけでなく、写真家からも抑圧されることがあった。そのような時代のなかで撮影されたアルノ・サールのパンクシリーズは非常に貴重で、重要な意味をもつ作品だという。
禁止されていたヌード写真の展示も
今回の展覧会では、リトアニアのビオレタ・ブベリーテ、ラトビアのグナーズ・ビンデ、エストニアのペーター・トーミングによるヌード写真も展示。ヌード写真はヒューマニスト写真という枠組には含まれないが、ソ連支配下では禁止されていたジャンルで、秘密裏に撮影が行なわれていた。 今回の展覧会ではそれらの歴史にあやかり、内側を向けて写真を並べる「秘密のブース」という形で展示されている。
「抑圧されていたという歴史をしっかり伝えなければいけない」
ロシアのウクライナ侵攻により、バルト三国も脅威を感じざるえない現在。展覧会を企画した経緯や意義について、キュレーターのアグネ・ナルシンテは以下のように語った。 「初期の構想の段階ではウクライナ侵攻を加味していませんでした。バルト三国の写真家たちを祝福する機会として開催する予定でしたが、計画している途中に侵攻がはじまり、祝福するだけでなく、私たちが抑圧されていた、制約があったという歴史をしっかり伝えなければいけないという考えにいたりました」 「展示会を開催するとき、作家たちを祝福しようと考えがちなのですが、それによって政治的な側面をないがしろにするのは違うなと今回の出来事を受けて感じるようになりました。当時の写真家たちは脅威を感じ、抑圧されながら写真を撮っていたということを文脈として提示したいと思いましたし、すごく小さな一歩ですが、ウクライナを侵攻しているような体制に抗う手段だったことや、もっと大きく抗いたかったけれど結局微力になってしまったという歴史的事実も皆さんに認識していただきたいと思っています」
テキスト・撮影 by 廣田一馬