《なぜ?》小泉今日子と小林聡美がただ「団地で暮らす」ドラマが中国人に求められている…今「おばさん」に注目が集まっている理由とは
詐欺に遭って過呼吸で倒れても…泣き寝入りしない
現在、公開中の映画『市民捜査官ドッキ』は、銀行からの融資を持ち掛ける電話で詐欺にあい、多額の手数料を振り込んでしまった中年女性のドッキが、詐欺犯を捕まえるために奮闘する物語だ。 主人公のドッキを演じるのは、『ガール・コップス』でも、デジタル性犯罪の犯人を追い詰める刑事として奮闘したラ・ミラン。長らくバイプレイヤーだったが、『正直政治家 チュ・サンスク』など、昨今は主演が続いているし、彼女の主演作には、常に女性たちをエンパワメントする部分がある。 日本と同じで、こうした詐欺は組織的なもので、背後に巨悪の存在があるものである。しかし、ドッキは詐欺の末端で軟禁されながら働く、いわゆる「かけ子」の青年と連絡を取り合いながら、中国に渡って詐欺犯を追い詰めていく。 ドッキのすごいところは、詐欺に遭うという「失敗」があって、過呼吸で倒れても、すぐに「あの詐欺師、捕まえるにはどうしたら?」と、決して泣き寝入りしないバイタリティである。 しかも、この映画も『密輸 1970』と同じく堂々たるクライム・アクションだ。こうしたジャンルは、これまでファン・ジョンミンやマ・ドンソクなど、男性の屈強な俳優が演じることが多かったが、アラフィフの女性が主役になるというのが、今の韓国映画の強さだと感じる。 日本のドラマの「おばさん」は、社会的な状況の変化により、じりじりと困窮していく日常を、周囲の人と寄り添って生きることで乗り越えようとしていて、そのことがきっと海外の人には新鮮に受け止められているのかもしれない。 一方、韓国映画の「おばさん」は、困窮した状態においつめられても、決してあきらめないで、根源にまっすぐに立ち向かっていく。 しかし、どちらも見ていて癒されたり、勇気をもらえたりするものがある。これは、同年代の人にだけ、効果をもたらすものだろうか。若い女性にとっても、自分もいつかなる「おばさん」が、「失敗」を経験したうえで、楽しく生きていたり、困難に抗う姿を示したりしているフィクションは、未来を明るく照らすような感覚をくれるのではないだろうか。 ◆◆◆ ※出典 「女性の老後不安を描いた「団地のふたり」が中国でも大人気! 経済競争に疲れた中国人から「癒やされる」と絶賛」(AERA dot.)
西森 路代