最高裁に潜む「感情が全くない”怪物”」…他者を見下し躊躇なく切って捨てるトップエリートたちの「実態」
「裁判官」という言葉からどんなイメージを思い浮かべるだろうか? ごく普通の市民であれば、少し冷たいけれども公正、中立、誠実で、優秀な人々を想起し、またそのような裁判官によって行われる裁判についても、信頼できると考えているのではないだろうか。 【漫画】刑務官が明かす…死刑囚が執行時に「アイマスク」を着用する衝撃の理由 残念ながら、日本の裁判官、少なくともその多数派はそのような人々ではない。彼らの関心は、端的にいえば「事件処理」に尽きている。とにかく、早く、そつなく、事件を「処理」しさえすればそれでよい。庶民のどうでもいいような紛争などは淡々と処理するに越したことはなく、多少の冤罪事件など特に気にしない。それよりも権力や政治家、大企業等の意向に沿った秩序維持、社会防衛のほうが大切なのだ。 裁判官を33年間務め、多数の著書をもつ大学教授として法学の権威でもある瀬木氏が初めて社会に衝撃を与えた名著『絶望の裁判所』 (講談社現代新書)から、「民を愚かに保ち続け、支配し続ける」ことに固執する日本の裁判所の恐ろしい実態をお届けしていこう。 『絶望の裁判所』 連載第19回 『人間味のある人物はたったの「5%」…最高裁判事たちの知られざる「人物像」に迫る』より続く
ドラマや漫画誌に登場する大物タイプ
前回記事では、キャリアシステムにおいて裁判官から最高裁判事になっている人々を、おおまかに4つの性格類型に分類し、そのうちの2つについて説明した。本記事では、残りの2つについて述べていこう。 C類型 俗物、純粋出世主義者 40% あまり口汚くしたくないので詳しくは書かないが、たとえば、第1章で触れた3人の最高裁判事などはこのタイプであろう。ブルーパージについて自慢気に吹聴し、ほかの人間たちの当惑にも気付かない「豪傑ぶり」は、テレビドラマや青年漫画誌に登場すれば、「大物」としてそれなりに観客や読者を引き付けるところがあるのかもしれない。 前記矢口洪一長官の腹心の部下の一人が、高裁における最高裁判事就任送別パーティーの席上で、「俺は、若いころには、夕方ビール小瓶一本飲むのだけが楽しみで生きていたんだけど、こうして最高裁に入れることになってうれしい」という挨拶をした後、一人の裁判長が、「さすがは高裁長官。最高裁判事にもなろうという人が、ビール小瓶一本の、小さな小さなお話を、長官送別会の御挨拶でなさるとは。いやいや、実に庶民の心を忘れないお方だ」というお返しの言葉を述べた。この言葉には刺すような皮肉と悪意がこもっていたのだが、相手は全くそれに気付かなかったという。 まあ、そういう種類の人々である(C類型の判事たちには、もちろん、もっと醜悪な、目を背けたくなるような側面も多々あるが、読者の御想像に任せたい)。 日本を震撼させた衝撃の名著『絶望の裁判所』から10年。元エリート判事にして法学の権威として知られる瀬木比呂志氏の新作、『現代日本人の法意識』が刊行されます。 「同性婚は認められるべきか?」「共同親権は適切か?」「冤罪を生み続ける『人質司法』はこのままでよいのか?」「死刑制度は許されるのか?」 これら難問を解き明かす共通の「鍵」は、日本人が意識していない自らの「法意識」にあります。法と社会、理論と実務を知り尽くした瀬木氏が日本人の深層心理に迫ります。