「自分を犠牲にする行動」は進化できるのか…個体にとって不利なのに進化する「不思議な仕組み」
ダーウィンの『種の起源』が刊行されてから150年以上が経った今、進化論のエッセンスは日常にも浸透している。「常に進化し続ける」「変化できるものだけが生き残る」。こんな言葉を一度は耳にしたことがある人も多いだろう。しかし、実際の生物の進化は、そんなにシンプルなのだろうか。『ダーウィンの進化論はどこまで正しいのか? 』では、最新の研究成果も交えながら、複雑だからこそ面白い生物進化の仕組みを丁寧に解説していく。 【マンガ】19歳理系大学生が「虫捕り」してたら死にかけた「衝撃事件」
自然選択にも種類がある
最初に自然選択の働き方を、ガラパゴス諸島に生息するダーウィンフィンチの例でおさらいしてみよう。ダフネ島に生息するダーウィンフィンチは、木の実や種子を嘴で割ったり砕いたりして餌として食べている。この嘴の高さ(厚さ)には、個体の間で違いがある。 ガラパゴス諸島では、干ばつにみまわれ、大きな硬い種子ばかりになった年がある。高い嘴をもつフィンチは、低い嘴をもつ個体に比べてより硬い種子を食べることができるので、生存率が高くなった。そのため、より多くの子どもを残すことができ、結果としてその島に生息するフィンチの嘴の平均は高くなった。 この例では、「個体のもつ嘴の高さの違いが原因で、個体の適応度(一生に残す子どもの数)に違いが生じ、嘴の高さに影響するアレル頻度が変化することで、嘴が高くなる方向に進化した」ということになる。 このとき、自然選択が働く原因(selection for)となった性質は嘴の高さだ。その結果として選択された単位(selection of)は個体である。つまり、自然選択の単位は個体であり、これは個体選択と呼ばれている。個体にとって有利な性質(より高い嘴)が、自然選択によって進化したということである。
利他的な進化はできるか
では、「個体の生存や繁殖に不利になっても、集団の維持や保存に貢献する性質が進化する」ということは起こりうるだろうか? 単純なモデルを使って考えてみよう(図表1)。白色の個体は繁殖を抑制せず、灰色の個体は個体数が増えすぎないように、自ら繁殖を抑制している性質をもっているとする。 繁殖を抑制しない個体(白色)は、個体数を自己抑制することはないので集団は増大し、資源が枯渇すると個体数は激減したり、たまには絶滅するかもしれない(多くの生物集団では、個体数が激減したあとは、個体あたりの資源が回復するので、絶滅することは稀である)。 他方で、個体数を自己抑制する灰色個体の集団に、白色の個体が移動したり、突然変異によって自己抑制しない白色の性質をもった個体が出現したりすることも想定できる。そのような状況では、繁殖を自己抑制する灰色の個体に比べて、白色の個体はより多くの子どもを残すことができるために、その集団は自己抑制しない個体ばかりになってしまう。つまり、集団維持のために自己抑制する個体は、そうでない個体にすぐに置き換わってしまい、簡単には進化することができないのである。 それでも、どのような場合なら「個体の繁殖にはマイナスだが、集団の維持や保存にはプラスに働く性質が進化する」可能性があるのだろうか? 今度は図表2を見てほしい。 灰色の個体は、自分を犠牲にして集団の維持に貢献する「協力的な行動」を取る。それに対して白色の個体は競争的で、他個体を攻撃して餌を確保しようとしたり、自分では餌を集めず、協力的な個体が得た餌をもらう「利己的な行動」を示す。利己的な個体が、協力的な個体から餌を得たり、餌をもらうだけの「ただ乗り行動」をするので、このとき、同じ集団内では協力的な個体の頻度は減少する。 しかし、協力的な個体の多い集団では、お互い協力して餌を採るので、集団全体としては多くの餌を得ることができる。そのため、利己的な個体の多い集団に比べて、個体数を増やすことができる。 もし集団が利己的な個体ばかりになったら、その利己性のために集団全体としては餌を多く採ることができず、集団のサイズは減少し、絶滅する。そして、絶滅のあとに個体数の増えた協力的な個体の多い集団から、協力的個体が移住して、新たな集団を形成する。このようなプロセスが起こると、協力的な個体が進化するだろう。ここで重要な点は、集団の絶滅と新たな集団の形成が、アレルや個体の性質の頻度変化の原因となっているということである。そこで、このようなプロセスは集団選択と呼ばれる。 このように、個体にとっては不利であるが、集団にとって利益となる個体の性質が進化することは理論的には可能である。しかし、このプロセスが働くためには、特定の条件が満たされなければならない。