シャガールが受けた「ユダヤ人差別が当たり前」の洗礼とは
世界のビジネスパーソンにとって、アートは共通の必須教養! 世界97ヵ国で経験を積んだ元外交官の山中俊之さんが、アートへの向き合い方を解説する『「アート」を知ると「世界」が読める』より、一部を抜粋してお届けします。
シャガールに見る、ユダヤ人アーティストの宿命
国境というのは人間の都合で変わります。大国同士のパワーゲームで新たに引かれたり消えたりするのは歴史を見れば明らかで、国家よりも宗教や民族のほうがより強固な“属性”と言える場合があります。 その意味で興味深いのは、ユダヤ人アーティストのマルク・シャガールです。 「一番好きな画家は?」と聞かれると、私はシャガールだと答えるのですが、第一の理由は、なんと言っても作品そのものの愛らしさ。第二の理由は、深い宗教性・哲学性です。 1887年生まれのシャガールは、かつて「ロシア出身のアーティスト」と呼ばれたこともありますが、正確に言えば帝政ロシア領ヴィテブスクのユダヤ人コミュニティで育ちました。 現在、その地域は数少ない“ロシアのお友だち国家”ベラルーシになっており、ユダヤ人は少数しか住んでいません。 シャガールはシュルレアリスムの幻想的なタッチで「愛」や「ユダヤの民族性と宗教」を繰り返し描いていますが、ビジネスパーソンが注目したいのは後者でしょう。 〈ダビデ王の夢〉は、ユダヤ人にとって理想の時代を描いたもので、苦難の中、ダビデ王の姿を見ることで希望を感じる人々の姿が描かれています。選ばれた民であるユダヤ人は、最後には神に救われるという信仰です。 ちなみにシュルレアリスムとは、1920年代にフランスで起こった「理性を超えた思考」を探究する運動で、「超現実、無意識」が重視されます。 逆にユダヤ人の困窮を見事に描いたのが、チューリヒ美術館所蔵の〈戦争〉。エルサレムを追われたユダヤ人はディアスポラ(民族離散)となり、ヨーロッパや地中海を中心に世界中に散らばりました。国をもたない民族は徐々に居住地域の民族に同化していくものですが、独自の文化を守り続けたユダヤ民族は、永遠に“ユダヤ人というよそ者”のまま。それゆえに苦い思いをしてきました。