ユダヤ文化を知る――正統派のラビが日本大使を「茶の湯」でもてなした話
世界初「コーシャ茶の湯セット」完成
コーシャには主に3つのルールがある。 (1)禁じられた動物を食べてはならない (2)肉と乳製品を一緒にしてはならない。同時に食べてはならず、食器や調理用具も肉用と乳製品用に分ける (3)肉はコーシャ処理(ラビが自らユダヤ教の宗教規定に従って食肉処理・解体する)をしなければならない 禁じられた動物とは、牛、羊、ヤギ、鶏、七面鳥などを除く多くの肉類(したがって豚やイノシシも禁止)、イカ、タコ、カニ、エビ、サメ、貝類などウロコのない魚介類、他にも昆虫が該当する。この他にもさまざまなルールが存在するが、それは別の機会に譲る。 一見、肉や魚に関するルールばかりで、野菜やお茶などの植物には関係ないと思われるかもしれないが、決してそうではない。ラビが語った抹茶のコーシャ認証のためのポイントは次の4点だ。 1.ダニ・害虫の除去の徹底(虫を摂取することは宗教上禁じられているため) 2.工場設備・周辺環境の審査(衛生管理のみならず周囲の工場等の確認) 3.畑から加工場までの輸送体制の審査(異物混入を防ぐため) 4.パッケージの材質・工程における異物混入回避の徹底 虫の混入はコーシャの定義上で禁止されているが、ラビによっては化学物質の混入にも気を配る。ユダヤ教が「人を大事にする宗教」である以上、仮に禁止動物でなくとも、人間の健康に害をもたらす製品を流通させるわけにはいかない。ラビが自らの足で畑や工場に出向くのにも、相応の理由があるのだ。 今回訪問した茶園では、茶葉収穫から包装まで全て半径1キロメートル以内で完結していたため、比較的容易に認証を取得することができた。仮に複数の茶園の茶をブレンドさせる場合、その全ての茶園を訪問する必要があるため、当然認証のハードルが上がってしまう。 審査を担うラビは青少年期を通じてユダヤ教の教典を学び、専門の試験を通過した宗教エリートだ。ラビという言葉もヘブライ語で「わが師」を意味し、ユダヤの範として教えを体現し続けることを誇りとしている。ユダヤ教3300年の歴史を背負う存在として絶対的な権威を持つ存在なのである。ラビたちは食品そのもののみならず、調理器具や食器にまで神経を尖らせる。日本人家庭の台所では、エビや豚肉の調理は一般的だが、厳格なユダヤ教徒は、その時点でシンクが「穢れている」とみなし、台所に近寄ろうともしない。 視察中にこんなことが起きた。茶園の客間で出された緑茶にラビたちは決して手をつけようとしない。「まだコーシャ認証が取れていない」ということもあるが、理由はそれだけではない。湯飲みや急須の洗浄方法などを確認しなければ、せっかく出されたお茶であっても飲めないのである。ラビは失礼をわび、香りだけをかいでいたが、このような「徹底した厳格性」がコーシャの正統性を担保しているともいえる。 また、コーシャ認証は本来食品に付与されるが、一定の条件を満たすと道具に対しても付与できる。茶園視察に合わせて、茶筅と器の工房も訪れ、製作現場を見学することとなった。奈良県高山町は歴史的に茶筅の生産地として知られる。今回訪れた工房は、室町時代から続く伝統工芸職人のお宅で、材料となる竹の生産から自らの手で行っている。茶碗は、京都の京焼の工房を訪れた。ここでは、小泉先生の発案で、誰でも簡単に茶を点てられるようにデザインされた茶碗も作っている。こうして、抹茶、茶筅、茶碗の3点セットが認証を受け、世界初の「コーシャ茶の湯セット」が生まれたのだ。 余談ながら、コーシャ認証を得た後も、道具の管理は徹底しなければならない。前述の通り、豚肉やエビなどユダヤ教の禁忌動物を扱ったシンクで取り扱うことは禁じられている。小泉先生宅でラビたちの茶碗を扱う際は、キッチン以外の水場で、しかも、この茶碗専用の新しいスポンジを使って洗うように徹底した。