杉並・母子死亡事故、元自動車整備士に禁錮3年 実刑背景に「保険未加入」整備事業者の“安全意識”問われる
自動車整備工場の保険加入率は?
今回のような事故に備えて、自動車整備工場が加入する保険にはどのようなものがあるのだろうか。 日本自動車整備振興会連合会(以下、日整連/※1)によれば、「整備事業者が業務上の賠償責任の発生に備える保険としては、当連合会の『自動車整備業賠償共済保険』のほか、各損保会社が取り扱う『整備受託自動車保険特約』等がある」と説明する。 ※1 自動車整備工場等を会員とする一般社団法人の自動車整備振興会(都道府県ごとに組織)等から構成。道路運送車両法第95条に基づく全国的な公益団体 初公判で遺族が触れたように、整備事業者の保険加入は現状として義務化されていない。今回の事故のように往来が多い通りに面した整備工場もあり、安全対策としてどのくらいの事業者が保険加入しているのか気になるところだ。 日整連は「自動車整備業賠償共済保険」の加入状況について、「今年5月末現在で2万6608事業場が加入しています。同時点における各都道府県の自動車整備振興会の総会員数は8万3904事業者であり、会員事業者数と事業場数はイコールではないため正確な計算はできないものの、会員のうち3割程度が加入しているものと推定されます」と明かす。 もし整備事業者が保険加入していなかった場合などに、整備士個人が加入できる保険はあるのだろうか。 自動車整備業賠償共済保険の引受損害保険会社によると、「整備事業者が業務として行っている整備作業(納車や引き取りなども含め)に伴う賠償責任については、一般的には使用者である事業者に帰結するものとなります。したがって、今般の事故のようなケースにおいて、整備士個人向けの保険は基本的にありません」とのことだった。
従業員による業務中の不法行為、責任の所在は?
損害保険会社が指摘するように、一般的に整備事業者が業務として行っている整備作業に伴う賠償責任は、使用者である事業者に帰結するものだ。しかし判決によれば、被告人の勤務していた自動車整備工場は遺族に賠償金を支払っていないという。 民法715条には、従業員が業務中に起こした不法行為の責任を雇用主である会社が負う「使用者責任」(※2)について定められているが、同様のケースにおいて、会社側は当然に賠償金の支払い義務を負うものではないのだろうか。 企業法務に詳しい青沼貴之弁護士は「雇用主(使用者)が民法715条第1項(※2)の責任を負うためには、従業員(被用者)の問題となった行為が『事業の執行について』なされているか否かという点が特に問題になります」と説明する。 ※2 民法715条第1項:ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。 「『事業の執行について』なされたか否かについては、問題となった行為の外形に着目して、社会通念上、雇用主(使用者)の事業範囲に属するか、そして当該従業員(被用者)の職務範囲に属するかという2段階で判断されます。 なぜなら、民法715条の趣旨は、①雇用主(使用者)は従業員(被用者)を働かせることによって利益を得るため、その職務行為について責任を負わせるのが公平に資すること(報償責任の原理)、②事業に伴う危険が現実化した場合には雇用主(使用者)が損害を賠償すべきであること(危険責任の原理)にあるためです。また、従業員(被用者)の職務行為の外形に対する被害者の信頼を保護する必要もあります。 本件で、被告人は従業員(被用者)として整備作業や試運転を行っており、その過程で事故が発生しています。したがって、職務行為の外形から見て、雇用主(使用者)の事業範囲に属するとともに、当該従業員(被用者)の職務範囲に属するといえ、『事業の執行について』なされたものと判断される可能性があると考えられます。 ただし、雇用主(使用者)が従業員(被用者)の選任・事業の監督について相当の注意をしたとき、または相当の注意をしても損害を避けられなかった場合、雇用主(使用者)側は責任を負いません(民法715条1項但書)」(同前)