すべてが変化したが、何も変化していないともいえるーー#MeTooムーブメントから3年、きっかけを生んだ記者が語る
一人ひとりの行動を過小評価してはいけない
ワインスタイン事件を描いた、ジョディ・カンター記者との共著『その名を暴け』を読むと、取材は困難を極めたことが窺える。 ――なぜワインスタインのような人間が生まれてしまったのでしょうか。 「主な要因として、組織的な不正の構造があげられます。こうした構造では加害行為は罰されず逆に隠蔽される。結果として加害者の増長を招き、被害者が増えていくのです。獲物を次々と捕獲していくプレデター(捕食者)を思わせますよ。ワインスタインの会社の幹部は、会社に対して性被害を訴えた12人の女性のことを知っていました。しかし示談金や秘密保持契約などについて見て見ぬ振りを決め込んだのです。女性達の弁護士も、訴訟しても勝ち目はないと示談の受け入れを勧めました。そのほうが弁護士も早く確実に高額の報酬を得られますからね」 「ワインスタインは私たちの調査報道を阻止するため、有名な弁護士やスパイを雇い、仕事の成就と引き換えに30万ドルのボーナスを約束していたケースもありました。つまり大勢がワインスタインの悪行を知りながら、彼を正そうとするどころか保護や加担さえしている。権力のある人々が権力を乱用し、権力の無い弱い立場にある人々を痛めつけているわけです。こうした組織ぐるみの共謀は規模の大小に関わらず、あらゆる国や業界で起こっているのではないでしょうか」
――どの段階でワインスタインの調査報道が結実すると確信しましたか。 「実のところ、調査の終盤までなかなか確信が持てませんでした。彼の権力はまだまだ強大でしたから、実際私たちの前に、何人かのジャーナリストが断念している。このためニューヨーク・タイムズは組織的な支援体制を組み、私とカンターの2名の他にも多様なリソースを投入して取材を進めたのです。私たちはまず、被害を受けた女優や元従業員を探しました。連絡に応じてくれる女性は徐々に出てきましたが、オンレコ(実名)での証言はできないと言われましたね。無理強いはできませんから、話し合いと説得を重ねていきました」 「その中で、ワインスタインが申し立てをした女性の口を封じるために示談金を支払い、秘密保持契約を締結させていたことが明らかになってきました。そこで秘密の示談に関する証拠書類も細かく集めていったのです。私たちは取材対象者一人ひとりを訪ね、粘り強く必要な情報を得るという昔ながらのジャーナリズム手法で調査を続けたのです。女優のアシュレイ・ジャッドがオンレコで記事に出ることを決心してくれたことで、記事を公開する十全な条件がやっとそろいました。非常に長い道のりでしたね」 トゥーイーはある女性から、「私は25年間、誰かが玄関のドアをノックしてくれるのを待っていました」と言われたという。心の奥深くに閉じ込められていた声は、「過去を変えることはできないけれど、私達が協力し合えば他の人々を守れるかもしれない」という両記者の言葉に導かれて報道された。その結果、社会はセクハラや性的暴行は犯罪であると改めて知り、根強い社会的不公正や権力の不均衡の中、守らねばならない人間の尊厳に向き合うこととなった。 ――セクハラや性的暴行は世界共通の問題で、今後も議論が続きます。 「『その名を暴け』には悲痛な内容が含まれていますが、一人ひとりの個人が勇気を持つことで何を成すことができるのか、その克明な記録でもあります。その一人ひとりにはハリウッドの人気女優もいれば、イギリスのウェールズで子育てをしながら静かな生活を送っていたお母さんもいました。真実の力で何かを成し遂げるためなら闘うことだっていとわない。そうした一人ひとりの勇気ある行動を過小評価してはいけません。国や業界を問わず、個人の勇気ある行動によって達成できることは多いと思いますよ」
冨永 真奈美(とみなが・まなみ) ライター・翻訳家。広島県出身。社会問題をはじめ、ライフスタイル、文化、ワイン、旅行、デザインまで幅広い分野で執筆と翻訳を行っている。訳書にデザインコレクションブック『ジャスパー・モリソン: A Book of Things』(ADP出版)など。