「人を殺している実感」死刑執行に関わった元刑務官の苦悩 矯正教育との矛盾
刑務官の志と矛盾 死刑に関わる苦痛
20代前半で死刑執行に携わったその時の経験は、半世紀以上たっても脳裏に焼き付いている。「一種のトラウマ」と表現する野口さん。「何度も立ち会った幹部職員は、精神的な負担が大きいと思います」。だが、刑務官が死刑のことを口にするのはタブーで、執行後も「お互いになかったことのような雰囲気」だったという。 「矯正教育の考えと死刑は矛盾します。受刑者の更生を志して刑務官になった人が死刑に関わるのは、相当につらいことでした。だから、触れたくないという空気が生まれるのではないでしょうか」。野口さんは、そうおもんぱかった。
殺すことを命じられ 執行する側の人権は
死刑を執行する刑務官の精神的負担を、どう考えるべきか。 死刑の歴史を研究する滋賀県立大准教授の櫻井悟史さん(41)は「刑務官が死刑執行を担うのは、職業倫理の観点から問題がある」と、死刑の運用に疑問を投げかける。刑務官の職務は受刑者の立ち直りを支えることにあり、社会復帰を想定しない死刑は正反対なことだから精神的に大きな苦痛を与えると言う。 櫻井さんは、死刑執行を「働く立場に身を置いて考えるべきです」と話す。「死刑は、日常的に死刑囚と接する刑務官に、殺すことも命じるということです。命令に従う根拠もなく、慣習で行われています」。その慣習の中で、執行する側の人権が見過ごされていると指摘する。 そうした現実を踏まえ、櫻井さんは一つの代案を示す。「執行を含めた死刑に関わる職務を、命令を下す法相や検察官が担うべきではないでしょうか」。刑務官に死刑執行を担わせることで「死刑という刑罰がどういうものかという、根本的な議論が封じられてしまった」と話す。
執行待つ日々も刑罰か 提訴した死刑囚
また、死刑が確定すると外部との面会や文通が厳しく制限され、孤独の中で執行の恐怖におびえる日々を送ることも、死刑という刑罰に含まれるのかという疑問もある。 死刑執行の告知に関する法令はないが、少なくとも1970年代までは前日までに行われていたとみられる。当時は東京拘置所でも、運動や俳句などで死刑囚同士の交流が認められていた。野口さんは「独房内で小鳥を飼い、花を生ける死刑囚もいました。現在よりも人間的な処遇だったと思います」と話す。 だが現在、死刑は当日の執行1~2時間前に知らされている。法務省は「事前に告知すれば、本人の心情に著しく害を及ぼすおそれがある」とし、前日に告知して死刑囚が自殺したケースがあると説明するが、方針変更の時期や詳細は明らかにしていない。 これに対し、当日に告知するのは不服を申し立てることができず違法だとして、死刑囚2人が2021年11月に大阪地裁へ提訴した。 原告の代理人は「死刑囚は、毎朝死ぬかもしれないとおびえている。極めて非人間的だ」と批判した。だが、2024年4月の判決は「死刑囚は現行の運用を含めた刑の執行を甘受する義務がある」とし、訴えを退けている。