『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:頑張っていない人なんていない(堀越高・森章博)
東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」 【写真】「美しすぎ」「めっちゃ可愛い」柴崎岳の妻・真野恵里菜さんがプライベートショット披露 試合に出ていたから、わかったことがある。試合に出られなかったから、わかったことがある。それはもちろん最後の選手権のピッチに立ちたかったけれど、それが叶わなかったからといって、自分が積み上げてきたものの価値は変わらない。このチームで学んだことは、必ずこれから先の人生に大きく生きてくるはずだから。 「やっぱり『頑張っていない人なんていないな』と。みんなそれぞれの立場で必死にもがいていて、それがチームの底上げに繋がっているんだなと実感しましたし、それは社会に出ても、たぶんそうなんだろうなと思いました。だから、この立場になったことで『みんなが本当に頑張っているんだな』ということを知ることができて、凄く良かったです」。 2024年の堀越高を献身的に支えてきた、確かな人間性を有している副キャプテン。DF森章博(3年=調布FCジュニアユース出身)はこの1年で手にした数々の経験を糧に、新たな人生のフェーズへと力強く飛び込んでいく。 「やっぱり一番は悔しい気持ちがありますね。去年は少し全国の舞台に立ったものの、それでも全然自分のプレーは出せなくて、『今年こそは』という想いでやってきた中で、今年もチームが全国に出るというところまでは行けましたけど、その全国ではスタメンに入れず、途中から出ることもできなかったので、3年間を通して考えても、そこの悔しさがまず一番に湧いてきました」。 森は率直な言葉を口にする。2年続けて国立競技場でプレーする権利を手にするためのクォーターファイナル。前橋育英高(群馬)と向かい合った堀越は、なかなか思ったような攻撃を繰り出せず、後半に喫した失点はそのまま決勝点に。最後まで背番号13の副キャプテンに出番は訪れなかった。 昨年度の選手権は大会直前までセンターバックでスタメン起用されていたが、ふたを開けるとその立ち位置はベンチスタート。準決勝では途中出場で国立の芝生を踏みしめたものの、思ったようなシーズンの締めくくりは迎えられず、最高学年の1年間へと突入していく。 森はMF渡辺隼大(3年)とともに副キャプテンに任命され、キャプテンを務めるDF竹内利樹人(3年)も含めた“リーダー”の1人として、ボトムアップ方式の中核を担っていくことになるが、渡辺と竹内が不動のレギュラーだったのに対して、森はなかなかセンターバックのポジション争いに割って入れず、スタメンに食い込めない。 「リーダーだと自分の目の前でメンバーが決まるわけで、自分が出ることで試合に出られない人のことも見てきましたし、逆に自分が試合に出られないことも経験してきた中で、そこである意味サッカーの厳しさはかなり学べましたね」。試合に出られないことへの悔しさは抱えつつ、一方でリーダーとしてチームをまとめていく役割とも向き合うことになる。 だが、インターハイ予選の敗退後に竹内がケガで離脱。空いた右サイドバックのポジションに入ることとなった森は、必然的に試合でもキャプテンを務めることが増えていく。 「竹内の代わりにキャプテンをやることになって、『いつもアイツはこんなに仕事をやりながらプレーしているんだ』ということは痛感しましたね。何となくはわかっていたつもりでしたけど、実際にやってみると全然違って、正直大変でした」。 「でも、自分はプレーでリーダーシップを示せるタイプではないので、日常生活のところから周りに態度で示したり、自分ができることを精いっぱいやることで、その姿勢が伝染していって、どんどんみんなの熱量が上がっていくような、“引き立て役”になるイメージを持っていました」。 高校生でこの役割を過不足なくこなすことが、とにかく大変であることは言うまでもない。ただ、森は “代役”を務めていく過程で、少しずつ自分自身が成長していることを感じていたという。 「インターハイに負けるまでは、自分もサブでそこまで出ていなかったので、試合の経験を積むというところでも、自分にとってはメチャクチャ大きかったですし、堀越のキャプテンマークの重みも知ることができましたね。今まで以上に『自分がちゃんとやらないといけない』という想いも出てきましたし、本当に目線が変わったかなと思います。人間的に成長できたんじゃないかなって」。 選手権予選から竹内がスタメン復帰を果たしたため、再び森はベンチへと逆戻りすることになったが、もちろん選手として試合に出ることを諦めるはずもない。全国切符を獲得した予選決勝の試合後。「やるからにはスタメンを狙わないといけないですし、自分の持ち味である攻撃参加や運動量は負けていないと思うので、ここから『絶対にスタメンを獲る』という気持ちを持って、やります」。そう言い切った姿が印象に強く残っている。 迎えた選手権。最後まで背番号13の副キャプテンに出番は一度も訪れなかった。前橋育英に敗れ、スタンドにあいさつを終えたベンチ前。目を赤くした竹内が、森の元へと近付いてくる。「竹内が先頭に立って引っ張ってくれるタイプなら、自分はみんなと一緒にやっていくようなタイプだと思うので、チームを底上げすることを考えてきましたし、タイプが違ったからこそ、自分も竹内と一緒にやってこれたのかなと思います」。 チームをまとめるキャプテンと副キャプテンとして、同じ右サイドバックの定位置を争うライバルとして、1年間を過ごしてきた2人が、握手をして、抱擁を交わす。その一連に、小さくない重責と葛藤を背負ってきた彼らにしかわからない絆が、透けて見えた気がした。 大学でもサッカーは続けるつもりだが、その関わり方はゆっくり考えていこうと思っている。それでも、このチームで1年間にわたって“リーダー”の1人として、いろいろなことを考え、いろいろなことと向き合い、悩みながら、迷いながら、前へと進んできた経験が、必ず自分の未来を明るく照らしてくれることは、もう十分すぎるほどにわかっている。 「正直、サッカー選手にメッチャなりたいとかは、他のチームメイトが思っているほどは思えていないというか、サッカーに100パーセントで全力のマインドを持っていくのは厳しくなってきたなとは感じています。ただ、サッカーを続けてきたからこそ得られたものは、絶対に社会に出た時に生きてくるでしょうし、サッカーにはずっと携わりたいとは思っているので、何かを伝える時にも堀越での時間が生きてくるのかなって。ここからどういう道を歩んでいくのかは自分でもまったく想像できないですけど、ここで得た経験を絶対に無駄にせずに、生かしていきたいと考えています」。 試合に出ていたから、わかったことがある。試合に出られなかったから、わかったことがある。それはもちろん最後の選手権のピッチに立ちたかったけれど、それが叶わなかったからといって、自分が積み上げてきたものの価値は変わらない。このチームで学んだことは、必ずこれから先の人生に大きく生きてくるはずだから。 2024年の堀越を陰から支えてきた、しなやかなリーダーシップを纏う副キャプテン。どういう形でサッカーと関わることになったとしても、常に周囲のことを考え、人情の機微に通じている森章博の存在は、高校で出会った仲間たちと同様に、この先の未来で出会う多くの仲間たちにとっても、ポジティブな影響を与え続けていくに違いない。 ■執筆者紹介: 土屋雅史 「群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に『蹴球ヒストリア: 「サッカーに魅入られた同志たち」の幸せな来歴』『高校サッカー 新時代を戦う監督たち』