指導者育成に新たに導入された「コーチデベロッパー」の役割。スイスで実践されるコーチに寄り添う存在
メンターや指導教官以上の深い関わりが求められるコーチデベロッパー
ゲルトシェンは続ける。 「指導者はどのように自問自答するかを学ぶことが大切なんです。自己分析力がなければ、あるいはそこでの分析が間違っていたら、望むような成長をすることはできません。普段から自分の振る舞いや行動を振り返り、自分で分析することの習慣づけをスタートさせることが出発点になります。 いま現在どうなのか? 将来的にどうあるべきなのか? そのためには何が必要なのか? では何を変えなければならないのか? だからデベロッパーに求められるのは何かを教えるということではなく、何に、いつ、どのように気づくのかの最適なきっかけづくりであり、そのための質問力を身につけることが欠かせないのです」 コーチデベロッパーに求められるのは、技術や戦術に関する奥深い知識以上に、どのように指導者が自分の人間性を分析し、解析し、そこからどのように改善、成熟できるのかへの経験と知識になる。問いかけ方やそのタイミング、状況判断や分析能力も欠かせない。メンターや指導教官という性質以上の深い関わりが求められる。 「指導者が自分で分析して、解決策を見出して、自分で取り組めばすべてうまくいくわけではないですよね? その取り組みやプロセスは正しい方向なのか? もし誤っているのならば、いつ、どこで、どのタイミングで、どのように修正の必要性に気づける声掛けをすればいいのだろう? そうした繊細な感覚とそのベースとなるエビデンスも持ち合わせていなければならないんです。だから指導者自身が持つ認知に対して働きかけることが求められています」
どうすれば可能な限りベストな問いかけを考え出すことができるのか?
現在スイスサッカー協会には214人の指導者インストラクターがいて、そのうち約80人がコーチデベロッパーライセンス過程を修了している。主には指導者講習会やライセンス講習会などの場で幅広い層の指導者へアプローチを行い、また、プロクラブの育成アカデミー等ではクラブごとに個別にコーチデベロッパーが担当することもあるという。数を増やせばいいというわけではなく、彼らのさらなる成長や成熟に向けて丁寧にアプローチし続けることを重要視しているという。 コーチデベロッパー講習会ではまず、「どうすれば可能な限りベストな問いかけを考え出すことができるのか」という根本的なテーマに対しての考え方やスキルを学ぶ。起こりえるであろう問題への認知能力を高め、そこから指導者がどのように問題解決に挑むのかのプロセスの最適化を目的にする。 ではミスや問題が起きたときに、当事者間での過去へのいざこざをすみやかに解消し、迅速に未来へ向けて視点を動かし、解決策を考察するために必要なこととはなんだろう? 「それが聴講力です。コーチデベロッパーの役割は伝えて、諭すことではなく、指導者が何を考え、何を感じ、どうなりたいのか、どうあるべきかを聞き出し、考えさせること。昨今の指導者業界では「エンパシー(共感)」という相手の立場に立って相手の意思や感情を理解する人間性がとても重要視されていますが、コーチデベロッパーこそ指導者の悩みや憤りに寄り添い、同情するだけではなく、彼らの立場で一緒に考える人でなければならないのです」 指導者は自分の考えこそが正しいと考えがちだ。他の意見を聞くと考えがブレてしまうからよくないと言う人もいる。でも常に指導をアップデートし続けることが成長への大事なプロセスなのだ。育成年代の指導者は、一人一人まったく異なる子どもたちと関係を築いていく。ある程度のパターンはあっても、完全に当てはまったりはしない。前例がないことのほうが多い。そんなときに「だからできない」「だからわからない」では困るではないか。だから「解決策を考える」ための習慣をつけることが欠かせないのだ。 「コーチデベロッパーは担当する指導者の日常に同行し、指導者の人柄や選手とのコミュニケーションを観察し、改善点を見つけていきます。一度の練習や試合を視察するだけでは一側面しかわからない。最初のミーティングで今後に向けての指針を考察する時間を取りますが、練習前や試合後といった気持ちがいろいろなものに影響を受ける状況では行わないというのがポイント。ゆっくりと落ち着いて、時間を気にしたり、イライラすることなく、自分にフォーカスして話ができる状況でミーティングが行われることが大事なんです」