綾瀬はるかが〝無名の誰か〟に転生するために費やした努力の跡を見よ「ルート29」
記憶の引き出しの中で眠っていた三つの場面。高崎映画祭の受賞者の控室、「ボーイッシュで可愛い」という紋切り型の形容詞では言い尽くせない少女がチョコレートを配っていた。「ありがとう」。普通に両手で受け取ったが、作品の中のさまざまな場面がパノラマのように頭の中をかすめ、言葉にならない気持ちになってしまった。数十分後、初主演作の「こちらあみ子」で最優秀新人俳優賞を受賞した大沢一菜だった。 【写真】第37回東京国際映画祭のレッドカーペットに登場した「ルート29」の綾瀬はるか
東映東京撮影所、夏の出会い
もうひとつはその夜。特有のほんわかした口調でみんなを大きく笑わせた最優秀監督賞の杉田協士監督と、撮影現場での面白い経験を語りながら、午前1時を過ぎても、筆者を真昼のように目覚めさせ、なにかの映画で小説家として登場した吉岡秀隆を連想させた森井勇佑監督。それから3カ月後、彼らの映画は筆者が日本映画アドバイザーを務めていた韓国・プチョン国際ファンタスティック映画祭に招待された。推薦の言葉を書いたが、ゲストを呼ばないキッズセクションの性格上、2人と再会できなかったのは寂しかった。 最後は、長いトンネルのようだったコロナ禍が終わりかけ、希望が芽生えた2022年夏の東映東京撮影所。全く新しいジャンルの作品で映画人生のニューㆍジェネシスを迎えようとしていた盟友の行定勲監督と長谷川博己を応援しに差し入れを持って訪れた「リボルバーㆍリリー」のセットで、行定の紹介であいさつを交わした彼女。 「私の友人である評論家の洪さんだが、頭が良すぎてついていけない時がある」 「そう言われれば、賢さの感じられる目をされていますね」 真夏、照明いっぱいのセット。一瞬で汗が噴き出しそうな衣装とヘアセットをし、先ほどまで魂を入れた演技をしながらも優雅さあふれる優しい笑顔で礼儀正しくあいさつをしてきた、タイトルロールの綾瀬はるか。映画の公開を迎え「ひとシネマ」にレビューを書きながら、あの愉快で強烈な記憶が呼び覚まされ、知らないうちに笑みが浮かんだものだ。