矢野雅哉の22球…日本新記録となった9月22日中日戦・第3打席の粘りに滲み出た、広島ドラ6遊撃手の生き様
レギュラーだからこその経験値
レギュラーを獲りたてのシーズン中盤までは、打席で複雑に考えすぎていた。考えすぎてかえって良くない結果を招いた。頭を整理し、シンプルに考えられるようになったのは9月に入ってから。だから、直球を続けられても狙い球は変えない。心が揺れることはなかった。 「ゾーンに入っていたので、何も聞こえなかった。10球くらいを超えると、打てる気になってくる。真っすぐが続いてましたが、狙い球を真っすぐに変えたところに、ポンと落ち球が来ることが嫌だったんです。狙い球は変えず、自分の中で我慢、我慢、我慢と言い聞かせていました」 ⑲スライダー 135キロ 外角低め ファウル ⑳スライダー 134キロ 外角高め ファウル ㉑スライダー 126キロ 外角高め ファウル 中日バッテリーがこの打席初めて続けたスライダーは、矢野にとって想定外だった。高めのボールゾーンから落ちてくるような軌道に一瞬始動が遅れるも、慌ててバットを出した。チップした打球は右打席付近にフワッと浮いたが、宇佐見が差し出したミットに収まることはなく、矢野は命拾いした。 「真っすぐ中心の配球が続いていたので、やばいと思った。バットに当たったのはラッキーでした。あれをファウルにできたことで、狙い球と違えば、(20球目と同じように体に近い)ここでファウルにしたらいいやと思えた」 狙い球でなくとも、ポイントを近づけることで反応した成功体験が矢野に落ち着きを与えた。我慢比べに屈することなく、打撃フォームにも力みが見えない。だからこそ、とっさに反応ができる。 ㉒直球 148キロ 内角中 ボール 最後のボールは宇佐見が何度か要求した内角高めの真っすぐ。それを矢野が見切って、11分10秒に及んだ対戦に決着がついた。 「最後はインコースに真っすぐが来ると思った。だから、見逃せた。想定せず普通に入ったら振ってしまっていたと思う」 内角に球の軌道をイメージしていたからこそ、わずかにズレた投球にバットは止まった。四球をもぎ取っても感情を表に出すことはなく、静かに打撃手袋を外しながら一塁へ歩を進めた。
22球が意味するもの
日本新記録となった打席には、意外なほどに否定的な意見も寄せられた。それは矢野の耳にも届いているが、意に介さない。 「何も思っていないです。自分が生きて行くためですから。自分がこのチームでどう必要とされるか。僕であれば粘ってでも四球をとって、後ろの打者につなぐことが得点につながる。塁に出ることしか考えていない」 ここまでも簡単な道のりではなかった。ドラフト6位で入団して代走や守備固めをまっとうし、守備力を生かしながら課題とされた打撃を磨いた。粘り強くコツコツと、這い上がってきた生き様に胸を張る。あの22球には、矢野のプロ野球人生が詰まっていた。
(「炎の一筆入魂」前原淳 = 文)
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