特殊コースのタイヤ、KTMの新アイテム。低迷する日本メーカーに必要な作業/MotoGPの御意見番に聞くオーストリアGP
8月16~18日、2024年MotoGP第11戦オーストリアGPが行われました。初日は転倒が多くありましたが2日目から少なくなりました。また、スプリントと決勝レースではフランセスコ・バニャイアが優勝を飾っています。そのほか、KTMはポル・エスパルガロがプロトタイプを走らせ、ホンダはマシンのアップデートを加えるなどがありました。 【写真】アレックス・リンス、中上貴晶、ルカ・マリーニ/2024MotoGP第11戦オーストリアGP 決勝 そんな2024年のMotoGPについて、1970年代からグランプリマシンや8耐マシンの開発に従事し、MotoGPの創世紀には技術規則の策定にも関わるなど多彩な経歴を持つ、“元MotoGP関係者”が語り尽くすコラム、2年目に突入して第36回目となります。 * * * * * * --さて、サマーブレイク明けの2戦目となるオーストリアGPですが、前回のイギリスGP同様にドゥカティの圧勝という形で幕を閉じました。決勝レースに限って言えば4位までの顔ぶれが前回と全く同じなんですよね。 今回はディフェンディングチャンピオンのフランセスコ・バニャイア選手の完璧な勝利だったね。スプリントもレースも全く危なげなくて、他のライダーと競り合ったのは序盤だけだったから、レースとしては見どころが少なかった感じは否めない。 個人的には、前回覚醒したビースト(エネア・バスティアニーニ選手)が後半で強みを発揮して最後の方で3人が絡んで盛り上がるのを期待したんだけどね。残念ながらビーストもそこまでの余力は残っていなかったらしい。 --スプリントでは終盤に転倒してしまいましたが、マルク・マルケス選手が新型機を駆るホルヘ・マルティン選手を抜いてトップのバニャイア選手に迫る勢いでした。その手応えからレースでは表彰台を確実に狙うようなコメントをしていましたが、スタートで躓いてしまいましたね。 スタート直前の映像を見ると、前後のホールショットデバイスが作動していなかったみたいだね。スピードが乗らなくてもたもたしている時に後続のフランコ・モルビテリ選手と接触してふたりともコースアウトしたようだけれど、あれが無かったら3位争いには絡んでいたと思うよ。 このコースは抜きどころが少ないから、さすがのマルク・マルケス選手を以てしても4位まで巻き返すのが精一杯だったね。 --結果的にホールショットデバイスの効果を再認識したのと、作動しないマシンが混在した際の危険性が露呈したという形ですね。ところで今回のオーストリアGPは、お祭りムードのイギリスGPに対して初日から転倒が多く波乱含みのスタートでしたね。 初日のFP1でアレイシ・エスパルガロ選手が2コーナーで立て続けに2回転倒して、ペドロ・アコスタ選手も2コーナーで転倒した後にコース復帰して再び4コーナーで大きな転倒をしていたよね。その他にもブラッド・ビンダー選手やマルコ・ベゼッチ選手も転倒していたみたいだね。 --最初のセッションで転倒が多発した原因に何か思いつくところはありますか? レースが頻繁に開催されていないサーキットでは、初日はトラックの表面が整っていないのでグリップレベルが低いという事は周知の事実だよね。 そういうリスクを考えてほとんどのライダーはフロントにソフトを選んでいたようだけれど、ベゼッチ選手を除いてFP1で転倒したライダーはハードを選択していたという客観的事実からすると、それが原因という事は十分に考えられるね。 --ミシュランは今回のレースにセンター部分のラバーを強化したフロントタイヤを用意したらしいですね。ブレーキングが厳しいこのコースで、路面温度が例年以上に高くなる場合を想定しての対応らしいですけれど…… そういう事情も考慮してハードタイヤを早めにテストして効果を確認しようという意図が、ミシュラン側にも一部のライダー側にもあったんだと思うけれど、それが裏目に出てしまったという事かな。他にもトライしたライダーがいたけれど、フロントハードはトリッキーだと言っていたからね。 --トリッキーというのは何が要因だと思いますか? 左右のラバーは同じと言ってましたからその辺りが3つしかない左コーナーに対応しきれていないとか…… なかなか難しいところを突いてくるね。 確かに、これだけ左右のコーナー数が異なるとラバーを非対称にする事が多いけど、今回それをしていないのは数少ない左コーナーの負荷がかなり高く、右より更に柔らかいラバーが使えないと言う事情があったかもしれないね。 トリッキーと言うコメントは、おそらくセンターとサイドのラバーの性質(硬度や温度特性)の違いから来る違和感があったんじゃないかな。転倒シーンをよく見ると、センターからサイドに接地面が変化していく領域で唐突に滑っているようだし。 --結果的にスプリントも決勝レースもフロントはミディアムの一択になったみたいですね。ところで前回のイギリスGPではドゥカティが圧倒的な強さを発揮していましたが、今回は予選の段階からKTMとアプリリアも速さを取り戻していたようです。KTMはホームコースというアドバンテージがあると思いますが、アプリリアに関してはちょっと不思議な感じがします。高速コーナーで強いというイメージなので、基本的にストップ&ゴーのここは苦手かと思ったんですが…… エステルライヒリンクと呼ばれていた頃は、距離も長くて高速コーナー主体の超高速コースだったらしいけど、あのヘルマン・ティルケが関わって改修した時点で、距離が短くなってインフィールドの連続する左コーナー以外は鋭角的なコーナー主体のストップ&ゴーの要素が強くなってしまったね。 レイアウト的にリズミカルに走れる感じでは無いので、ライダーにとっては走りの正確性みたいなものが要求される難しいサーキットと言えるんじゃないかな。 ホームコースとして走り込んでいるKTMが優位なのははともかくとして、アプリリアのアレイシ・エスパルガロ選手がなぜひとりだけ速いのか僕も理解できん。実は本人も良く分かっていないらしいよ(笑) --昨年の結果を見ると、今回ワイルドカード参戦のポル・エスパルガロ選手の方がスプリントも決勝レースも結果が良かったくらいですから、彼の得意なコースとも言えないですしね。 敢えて要因らしきものを挙げるとすると、前回投入した空力のアップデートが今回のコースにもマッチしたという事は言えるかもしれないね。イギリスGPでもスプリントは3位だったし、皮肉なことに引退表明してから彼自身が乗れているっていうのもあるんじゃないかな。 --まあそういう事にしておきますか(笑) ところで、ポル・エスパルガロ選手ですが、初日から良いペースで存在感を放っていましたが、マシンの方もかなり注目を集めていましたね。プロトタイプということで新しいエキゾーストパイプと、なにやら怪しげなエアロパーツがリヤアームに直接取り付けられていましたけど、どういう狙いなんですか? スバリ受け狙い!!(笑)……ってのは冗談で、エキゾーストパイプに関しては新しいエンジン仕様の一部なのかな? 前バンクのパイプは以前よりかなり短くなったし、後ろバンクのパイプも集合部が前寄りになって、直感的に前後バンクでの仕様が長さ的には揃って来たように見える。 出力特性の変更が狙いと思われるけれど、外見から分かるのはその位だね。上下を連結するパイプ状の物も見えるけれど、単なる連結ステーなのかどうかは判然としないね。 リヤアームのあのギザギザはジェットエンジンのシェブロンノズルみたいな効果を狙っているのかな。だとするとリヤタイヤが発生する乱流の抑制だろうね。先端に小さなウイングレットも付いてるから、ちょこっとダウンフォースも付加してみようみたいな(笑) --なるほど、ライバルチームに対して一歩先を行っているところを見せつけるのも戦略的にはありですよね。しかしポル・エスパルガロ選手は、結果的にアコスタ選手の予選Q2進出を阻止してスプリントとレースで計2ポイント奪った形になりました。KTMとしては微妙な結果ですね。 KTMのテストライダーと言えば昨年のダニ・ペドロサ選手の活躍が記憶にあるので、まだ若いポル・エスパルガロ選手としてはここで同じように存在感を示して、レギュラーライダーに返り咲きたいというのはあるかもしれないね。 まあアコスタ選手は、日頃の言動からそんな小さな事を気にするような器では無いように見えるけどね(笑)。 --ところで最後に日本メーカーの話になりますが、今回も結果的には目立った改善が見られないというか、更に差が広がりつつある感じもしますが、その点をどう思いますか? ホンダはこれまで別々にテストしていたエンジン仕様を集約して、アップデートしたものを全員に供給したらしいね。ルカ・マリーニ選手が「僕の選んだ仕様がベースになる筈」と言っていたから、彼の言うように速さではなく乗り易さで判断した仕様だとすると、これは現時点では正しい方向性だと思うね。 エンジンのキャラクターというのは操縦性に与える影響が非常に大きいから、この部分をいったん落ち着かせることで、シャシーやエアロパーツの評価の精度が高まると思うんだ。 色々な要素がバラバラに織り込まれたマシンに、スキルや個性の異なるライダーが乗って出てきた結果を比較して評価するのは不可能に近いと思うよ。 --一方のヤマハも前回からアップデート仕様を投入したようですが依然として目立った成果が出ていないようですね。 多少は誇張しているだろうけど、今回のレースに限らずライダーコメントからは走るたびに違う仕様をテストしているような状態で混乱している様子が窺えるね。 割り切ってレースをテストの場にするのは合理的なようでいて、やはり限られた時間で適切な評価を下すのはノイズが多くて無理だと思う。 --現状を打開するとしたら何が必要だと思いますか? 目の前に成功例があるので、それを徹底的に分析することかな。 彼らも一朝一夕に現在の成果を得たわけではないので、その足跡を辿るところから始めたら良いと思う。もちろん外から見える情報は限られているから、見えない部分は推論を働かせるしかないけれどね。 それと現在の情報処理技術を駆使すれば、例えばエンジンの出力特性や爆発間隔などのデータも昔より良い精度で得られるはずなんだ。そういう地道な作業の積み重ねが無いと、仮に一時的に追いつくことが出来たとしても後が続かない。 --なるほど、「敵を知り己を知れば百戦危うからず」ですね。 そういう事!! 残念ながら日本にはカリスマ的なエンジニアが育つ土壌が無いようだから、格好悪くても泥臭く愚直にやるしかないんだよ。 [オートスポーツweb 2024年08月21日]