「あまり気にせず今後も」藤井聡太21歳八冠崩しに成功「決死の顔面受け」新叡王・伊藤匠に感服…6歳時、短冊に書いた“七夕の願い”とは
藤井と伊藤が対局後、語ったこととは
終局時間は18時32分。伊藤七段は激闘を制して藤井叡王に156手で勝ち、シリーズ3勝2敗で念願の初タイトルの叡王を獲得した。 両対局者は終局後に次のように語った。 伊藤新叡王「タイトル戦は全体的に苦しい将棋が多く、ひとつ結果を出せて良かったという気持ちです。今後も藤井さんとタイトル戦で戦えるように頑張りたい」 藤井七冠「終盤でミスが出てしまう将棋が多く、この結果はやむをえません。タイトル戦で敗れるのは、時間の問題と思っていました。あまり気にせず今後も頑張りたい」 藤井は昨年の10月11日に王座を獲得し、「八冠」の偉業を達成した。その期間はずっと続くと思われたが、タイトル独占は254日で終わった。七冠に後退しただけで、将棋界の第一人者に変わりはない。 ただ不敗神話が崩れたことによって、自分も勝てそうだと思う棋士はいるかもしれない。 大山康晴と升田幸三、中原誠と米長邦雄、羽生善治と谷川浩司、森内俊之――という関係のように、大棋士には切磋琢磨する良きライバルがいたものだ。藤井聡太にも伊藤匠というライバルがようやく出現したが、世代が近い藤本渚五段(18)、奨励会員の山下数毅三段(16)らが台頭してくると、さらに活性化するだろう。
伊藤が語ってきた“藤井への思い”
伊藤は5歳のとき、父親からのクリスマスプレゼントを怪獣のおもちゃに替えて将棋の盤駒を希望した。それが棋士を目指す端緒となった。以後の将棋人生は、次に列記したエピソードが示すように、同学年の藤井の存在がいつもあった。 小学3年のときに将棋大会で藤井に勝って大泣きさせた(伊藤に記憶はないという)。藤井が14歳2カ月の最年少記録で四段に昇段してデビュー戦から連勝していたとき、自分が情けなく感じて「早く負けてくれ」と思った。高校1年のときに進学校を自主退学したのは、藤井の活躍を見て自分のふがいなさを痛感し、将棋に専念するためだった。 これまでのコメントを振り返っても、藤井という存在が大きかったことを感じさせる。 「今はだいぶ離されているが、いつか大舞台で藤井さんと対戦したい」(17歳で四段に昇段したとき) 「藤井さんは本当によく考える。強い人ほど将棋が難しく見えるのでしょう。最近は自分も長考派になった」 「常に藤井さんを追いかけてきたので、自分を引き上げてくれた存在」(昨年の竜王戦挑戦に際して) タイトル戦で藤井に連敗したときには「藤井さんがほかの棋士に敗退するのを見たくない」と思ったという。 伊藤は昨年の竜王戦で藤井に4連敗し、今年の棋王戦でも3連敗と、タイトル戦で敗退を重ねた。通常なら心が折れてしまうものだが、「藤井戦ではばっさりと斬られるので、ほかの棋士との敗戦より悔しさを感じない」と語った精神的な強さ(もしくは鈍感力? )があった。それが叡王戦での勝利につながったといえる。
「孤高」と6歳時の七夕に書いた「七冠王になる」
伊藤の好きな言葉は「孤高」。 自分を信じて独り超然と邁進する生き方だ。6歳のときに七夕で短冊に書いた「七冠王になる」の文言も忘れないでほしい。 <第1回からつづく>
(「将棋PRESS」田丸昇 = 文)