考察『光る君へ』37話 帝(塩野瑛久)「三十三帖か。大作であるな」まひろ(吉高由里子)「まだ続きがございます」光源氏の罪と罰の物語がここから始まる!
藤式部だいすき父娘め!
37話は前回以上に『紫式部日記』のエピソードを経糸に、台詞、演出、編集を緯糸にして織り上がった物語という印象が強かった。今回まひろが直接関わる場面のほとんどが、一部を除き日記に記された事柄だ。それらに細かくアレンジがなされ、ドラマの筋立てに組み込まれている。 帝へのお土産づくりに精を出す女房たちに「殿(道長)からのご褒美である。皆で分けよ」と、倫子が女房全員への気遣いを発揮したものの、 彰子「紙は藤式部に」 道長「(まひろに)筆や硯も要りようであろう」 この藤式部だいすき父娘め! 百歩譲って「紙は」と限定した彰子様はいいわ。でもそれ以外のもの全てまひろにプレゼントしようとする道長はどういうこと? 倫子の「皆で分けよ」は無視ってどうよ。 赤染衛門先生から指摘された直後であるし同僚たちの気持ちも考え、しかし辞退するのも無礼なので、あくまでも事務的に「ありがたく存じます」と答えたまひろに、 あれっ? 喜んでない? 高価な文房具フルセットプレゼントなのに? と、ちょっと困惑する道長と、すかさず、 「帝がお喜びになる冊子となるよう、皆(藤式部への個人的な贈り物ではないのですよ。本来は仕事に励む全員へ褒美なのですと強調)頼みますよ(語尾はキツくならないよう優しく)」 と、言葉をかける倫子。柄本佑も黒木華も本当に巧みな芝居で面白いのだ。 親王の祖父となったし愛しいまひろは自宅で寝起きしているし、道長は有頂天である。 床から一寸くらい浮いたまま歩いているようだ。倫子はもう少しキツく伝えないと、夫の足は地につかないのではないか。赤染衛門が厳しい表情で重い空気を醸し出して、道長に圧を加えてもいい。ちなみに敦成親王の誕生により倫子は従一位に叙せられ、正二位の道長を上回った。そして帝の行幸が叶ったこの土御門殿は彼女の持ち家である。真の貴婦人をなめたらあかんぞホンマ。
久々の実家で
希代の能書家・行成(渡辺大知)が清書に携わり、道長が用意した料紙に美しく綴られた物語を糸で綴じてゆく。紙を断つ。章題を貼り付ける。静謐な音楽に乗せ、我が国で1000年読み継がれる作品『源氏物語』の書籍ができあがってゆく工程に胸が高鳴る。しかもそれを作るのは、国の頂に立つ后と女房、女性たちなのだ。 豪華装丁冊子作りは、大河ドラマ『平清盛』(2012年)の『平家納経』を思い出す、美しい場面だった。 ナレーション「帝に献上する『源氏の物語』の冊子はこうして完成した」 書かれた当初、この作品は『源氏物語』というタイトルではない、というかタイトルはまだないので『源氏の物語』。細かい。 冊子の完成を見届けて、まひろが願い出る宿下がり。我が子を抱き、娘と離れた藤式部の気持ちに思い当たった彰子の「すまぬ」「娘もさみしい思いをしているに違いない」という言葉に、中宮としてもひとりの女性としても、回を追うごとに成長している様が伝わる。 そして、宿下がりで会える実家の皆、変わらず元気そうでよかった。父上(為時/岸谷五朗)おひさしぶり! 乙丸(矢部太郎)の「姫様のお帰りでございます!」も懐かしい。賢子(梨里花)大きくなって。……しかし、かなりよそよそしい。母の宮仕えに納得できないまま別れて以来、なかなか会えなかったから無理もないが。 煌びやかな内裏と土御門殿に慣れたあとでは、我が家を「みすぼらしく感じた」とは、実際に紫式部が記した感慨だ。 実家からしばらく離れると、なんだか居心地悪く感じるのは現代でも社会人にはよくあることではないだろうか。まひろの場合は、娘とのぎくしゃくしたやり取りがその感覚をもたらしたのかもしれない。 中宮から賜った白米と酒を供しての久しぶりの家族揃っての食事の席で、まひろは居心地悪さを払拭したくて酒をあおり、土産話をする。もうこの場面は辛くて見てられない。 まひろの土産話は夜が更けても続き、聞き手にとっては自慢話に変質してしまった。ゴージャスな宴の様子に為時が「貧しい我らには縁のない話だ」と、それとなくうんざりだと伝えても止まらない。酔った勢いで五十日の祝宴での殿方らによるセクハラネタまで飛び出してしまった。賢子にとって母親が異性から性的に扱われる話を聞かされるのはキツいだろう。姪の様子を気にしていた惟規(高杉真宙)が諌めるが収まらず、更には、 まひろ「中宮様のご出産に立ち会えるなんて、これまでで一番胸が熱くなったわ!」 今まで母から目を逸らしていた賢子が、まひろを見る。一番胸が熱くなった経験がそれ? じゃあ私が生まれたときは……? と、ショックを受けたのではないか。 まひろはまひろで、よそよそしい態度の娘と向き合って改めて思い起こしたのは、あの夜の不義。宣孝(佐々木蔵之介)に告げるか否か慄いた、己の罪深さ。そして文机に向かい書き留める。罪、そして罰……。 中宮から戻ってくるよう使者が来て、母娘の語らいをする暇もなく戻ることになったまひろに、賢子のいらだちが爆発する。 「母上が嫡妻になれなかったから、私はこんな貧しい家で暮らすことになったのよ」 か、賢子ちゃん……まひろが嫡妻になれなかったのは、おじじ様が官職に恵まれなかったからなので。その言葉はおじじ様にも刺さっちゃうから、やめてあげて……。 「母上なんて大嫌い!」 ああ。最初に顔を合わせた時に、そして食事の場でもいいから「会いたかったわ。賢子はどうしていたの?」の一言があれば違っていたのか。不器用な母・まひろと、母に似て気難しい娘・賢子の亀裂はますます深く大きくなってしまった。 内裏では帝と中宮の愛読書作家として、栄光に輝くまひろの背中に色濃く伸びる影。「光が強くなれば闇も濃くなる」という安倍晴明(ユースケ・サンタマリア)の遺言は道長だけでなく、まひろにも当てはまる。
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