宝石のような小さなガの知られざる多彩な世界(神保宇嗣/チョウ・ガ研究者)
特に潜葉性の小蛾類の場合、それぞれの種の幼虫は、決まった種の植物の葉に潜り、特徴のある食痕を残すので、虫が出た後の潜り痕だけでも種を特定できることさえある。私は街中を散歩していてもつい小蛾類の幼虫が作った潜り痕や巣を探してしまうが、思いがけない出会いもあるのでやめられない。
小蛾類も、チョウや大きなガと同じく、ハネを広げた展翅標本にすることが多い。ただ、刺す針も使う道具も特別なものになり、針は髪の毛よりも細いものを使うことがある。ハネを広げる作業はなかなか肉眼というわけにはいかず、ヘッドルーペや顕微鏡の力を借りることになる。
きれいな標本にするには、乾燥する前に手早く展翅しないといけないため、遠征に行くときは携帯用の展翅板を持っていき、灯火採集後に、宿で標本を作ることもある。成果が多いと、空が白んでくるまでひたすら展翅することもよくあることである。
小蛾類の世界へようこそ
筆者が小蛾類を中心に研究をはじめてかなりの年月が経つ。小さい頃はチョウが好きで、そのあと大きなガ、小さなガの順に興味が広がっていった。私はまだ田畑や林があるような環境で育ち、もっぱら家の周りで見られるガを観察していた。そしてある時、大きなガをだいたいひと通り見てしまった後、せっかくだから小さなガも調べてみようと思ったのである。その頃、小蛾類に関する情報は本を読んでもなかなか集められず、いろいろ手探りからのスタートであったが、はじめてみるとその多様な世界に惹き込まれてしまい、今日に至っている。 ここ半世紀弱の間に、小蛾類を取り巻く環境は大きく変わった。多くの研究者によって小さなガの解明が進み、40年ほどで日本から発見された小蛾類の新種と日本新記録種は、あわせると1000種を超えた。また、これまでの知見をまとめた図鑑の出版で名前が調べやすくなったこともあり、日本各地の小蛾類の調査も進んできた。 その一方で、まだ名前のついていない種、これから研究が必要な種も多く、新たに見つかることもしばしばである。 小蛾類に興味が出てきた方は、手はじめに、ちょっと目を凝らして灯りのまわりを見たり、葉に残っている潜り痕や、葉を綴り合せた巣、ミノムシなどを探したりしてみてはいかがだろうか。ちょっとマニアックで、実は魅力的な小蛾類の世界がすぐそこに広がっているのである。 【神保 宇嗣(じんぼ うつぎ/チョウ・ガ研究者)】 国立科学博物館動物研究部、陸生無脊椎動物研究グループ所属。専門はチョウやガの仲間。小蛾類の分類学的な研究のほか、都市部を中心とした昆虫相の調査、生物多様性に関係するいろいろなデータベースづくりにも携わる。 特別展「昆虫 MANIAC」公式ホームページ:http://www.konchuten.jp
文・写真=神保宇嗣