日本のコロナ対策は本当に効果があったのか?...経済学で事後検証する
<社会・経済に世界的な影響を及ぼした、パンデミック。日本でも数多くの新型コロナ対策を実施したが、その額や効果、その後の影響が十分に議論されていない。『アステイオン』101号「コロナ禍を経済学で検証する」より【土居丈朗(慶應義塾大学経済学部教授)】
新型コロナウイルス感染症(新型コロナ)の感染拡大による災難(コロナ禍)は、世界中の社会・経済に多大な影響を及ぼした。日本では、2020年から2023年において、安倍晋三内閣から、菅義偉内閣、岸田文雄内閣にかけて、政府が様々なコロナ対策を実施した。 【写真を見る】「自粛」が可視化した東京 政策を講じたからには、その効果がどうだったのかを事後検証したくなるのが、経済学者の性(さが)である。世の中の行動原理が従うべき法則性を仮説として見出し、その法則性が成り立つか否かデータを用いて検証し、成否を確認することを通じて、世の中の行動原理を探究するのが、経済学が依拠する演繹法のアプローチである。 日本で実施されたコロナ対策は、経済学の見地からみて、効果があったのか。効果があったとすれば、どのような影響があったのか。効果がなかったとすれば、何が原因で、どうすればよかったのか。そして、その事後検証を通じて、次なる時代への示唆や教訓をどのように導くことができるのか。これらが、『アステイオン』101号の特集">「コロナ禍を経済学で検証する」の狙いである。 経済学者によるコロナ禍を回顧した書籍は既にあるが、本特集は、経済学の前提知識がなくとも読めるようにした点に1つの特徴がある。 2023年5月8日に、新型コロナを感染症法上5類に引き下げ、医療の面ではコロナ禍に終止符を打った岸田内閣は、2024年10月1日に総辞職した。政治面でも「もはやコロナ禍ではなくなった」といえよう。まさに、こうしたタイミングで、本特集は経済学でコロナ禍の事後検証を試みるものである。 新型コロナが、日本経済全体を大きく揺るがすことになった最初の出来事は、2020年4月7日に初めて発出された緊急事態宣言である。感染拡大防止のために人流を止めるのが最大の狙いであったものの、経済活動に対しては様々な波及効果を引き起こした。 まず、外出自粛を要請するものであったため、職場に出勤して業務に従事することができなくなった。そのため、リモートワークが多用された。これは、働き方を大きく変えるものとなった。 飲食業を中心に休業要請も行われた。休業すると、従業員を雇い続けることは困難である。そのため、雇用を維持するために雇用調整助成金(雇調金)や持続化給付金などの給付が政府から出された。 2020年には、一人一律10万円の特別定額給付金も支給された。さらには、事業者に対し運転資金等金融面での支援として、実質無利子で無担保でのゼロゼロ融資が行われた。これは、政府系金融機関だけでなく民間金融機関からも融資されたが、支援に要する支出は全て政府からなされた。こうした働き方の面や雇用面や金融面からのコロナ対策は、どの程度奏功したのだろうか。 新型コロナの感染者が急増する時期には、コロナ患者の受け入れ態勢の整備が急務となった。いわゆる「コロナ病床」をどう確保するかは、主たる責任として都道府県知事の腕にかかっていた。 わが国での医療提供体制に関する権限の多くが、コロナ前から、都道府県知事に与えられていたからでもある。ただ、財政面での支援は、国の財政から巨額の支出によって成り立っていた。 はたして、巨額の財政支援をしたお蔭で、求められるコロナ病床が十分に確保され、多くの命を救うことができたのか。それとも、財政支援はすれどもコロナ病床は不十分にしか確保されず、患者がたらいまわしにされるといったことが起きていたのか。その検証には、経済学に基づいて医療のあり方を分析する医療経済学の視点が欠かせない。 本特集では、こうしたコロナ禍での出来事に焦点を当てて、経済学的にコロナ対策の検証を試みる。 政府のコロナ対策に専門家からの意見を述べる有識者会議のメンバーに加わった大竹文雄(大阪大学特任教授)は、コロナ禍の政策決定に、経済学者がどう関わり、経済学の知見がどう役立てられたかについて論じている。 コロナ対策は、新型コロナの感染防止が最優先されるのだが、それによって失われるものがある。特に、経済的な利益は損なわれがちである。我々は、新型コロナから命が守られただけで生きていけるわけではなく、生計も成り立たせなければならない。 経済学者として、コロナ対策を議論する有識者会議の最前線に立ち、医学等だけでは解決できない経済学が導く解決策を説いた。コロナ対策をめぐる議論では、経済学以外の専門知と経済学の専門知とのトレードオフ(二律背反)にも多々直面した。その現場の緊張感が筆致から伝わってきて迫力がある。 次に、コロナ対策の各論として、経済学の各分野の専門家がコロナ禍を事後検証する。山本勲(慶應義塾大学教授)は、コロナ前から始まっていた働き方の変容が、コロナ禍を経てウェルビーイング(心身の健康・幸福)の格差として顕著に現れた点に注目する。在宅勤務が可能か否かや、AI(人工知能)などの新技術が職場で導入されたか否かなどが格差の要因となっている様が描写されている。 酒井正(法政大学教授)は、雇用調整助成金の新型コロナ特例に焦点を当てる。コロナ禍で、雇調金はどれほど失業率の上昇を抑えたかや、雇調金の給付水準や期間は適正だったかなど、今後の雇用対策に示唆を与える事後検証をしている。 コロナ禍で特例的な措置をしたのはゼロゼロ融資もそうだった。植杉威一郎(一橋大学教授)は、ゼロゼロ融資の功罪に迫る。コロナ禍で、苦境に陥った中小企業の資金繰りを助けた半面、利用した企業の業績を高めるものでなかった点を指摘する。 伊藤由希子(津田塾大学教授)は、コロナ禍での医療の「有事」対応から、「平時」の医療への教訓を導く。発熱外来という一次診療に始まり、コロナ病床と人材の確保、そして入院調整と、平時に体制ができていないと有事はもっと混乱することが検証されており、身につまされる。 コロナ対策として様々に出された財政支援については、会計検査院が既に公式に、布製マスク配付、持続化給付金、病床確保、巨額の予備費などに対して検査のメスを入れている。田中弥生(会計検査院長)との対談を通じて、検査結果が浮き彫りにするコロナ対策の実態を読み解く。 最後に、コロナ禍を経て日本の財政はどうなったかについて触れて締めくくろう。