インドネシアTPP参加の意義:自由貿易体制の重要性を再認識する契機に
今後は自由化の国際ルール適合へ作業
ただし、今の時点でインドネシアがすぐに交渉入りできるところまで十分な準備ができているのかどうかは分からない。同国はこれまでもASEANベースのほぼ100%の関税撤廃などは経験してきており、EUやカナダとの交渉でも鍛えられているであろうが、TPPで求められる自由化や国際ルールのレベルは高い。 TPPは、加盟を希望すれば自動的に交渉が始まるわけではなく、TPPが要求する全ての要件を満たすための具体的な準備ができていると全ての既加盟国が認めた段階で初めて交渉開始となる。すでに加盟希望を提出済みの中国などについてまだ交渉が開始されていないのは、この要件を満たしていないとみなされているからである。インドネシアも、TPPで要求されるものを精査し、どのような改革や政策変更が求められるのか詳細に詰める必要がある。そこでは当然、貿易・サービス・投資の自由化、政府調達、国有企業、知財保護、電子商取引、労働などが問題となってこよう。必要な改革のための政府部内のコンセンサスを得ていく作業も必要となってくる。
国際貿易秩序の重要さを示す契機に
インドネシアのTPP加盟は、もし実現すれば、協定の直接的経済効果を超える大きな意味を持ちうる。地政学的緊張が高まる中、世界貿易機関(WTO)を中心とする貿易ルールが軽視される傾向が世界全体で強まっている。TPP加盟は、インドネシアにルールに基づく国際貿易秩序の重要性を再認識してもらい、自由な貿易・投資を推進するグローバルサウスの旗手となってもらう契機となりうる。 貿易ルールの弱体化を象徴する出来事が世界貿易機関(WTO)の上級委員会問題である。WTO紛争解決の第2審に当たる上級委員会は、本来7人の委員から成り、そのうち3人が1つの案件の審理に当たることとなっている。その委員の任命あるいは再任を第1次トランプ政権以降の米国がブロックしているために次々に委員が任期切れとなり、2020年には全て空席となり、審理を行うことができない状況が続いている。 そのため、第1審のパネルで結論が出てもそれに納得しなかった側が止まっている上級委員会に上訴するといういわゆる「空上訴問題」も起きてきており、そのような案件が23年末までに24件積み上がっている。そもそも20年以降、WTOに持ち込まれる紛争案件の数自体が毎年1桁台と少なくなっていることも問題である。 実はインドネシアも、通商ルール上問題があるとみなされている政策を数多く抱えている。日本の経済産業省が毎年まとめている『不公正貿易報告書』では、同国における多種多様な輸入制限措置、鉱物資源に関する輸出規制およびローカルコンテント要求、通信機器やテレビなどについてのローカルコンテント要求など、多くの疑わしいケースが報告されている。その中にはWTOの紛争解決で空上訴となっているものも含まれている。 しかし、インドネシアの政策担当者は貿易ルールに対する意識を完全になくしてしまっているわけではない。識者と話をすれば、問題ははっきりと認識している。TPP加盟交渉を行おうとすれば、それらの問題も当然議論の対象となってくる。そういったプロセスを経て、インドネシアがよりクリーンな通商政策体系を持つようになり、ルールに基づく国際貿易秩序を積極的に支えるようになっていってほしい。